約 773,991 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2752.html
ハルヒニート最終章 「ただいま」 俺は仕事疲れの体を引きずって帰宅し、我が家の玄関を開けた。奥からエプロン姿のハルヒが顔を出した。 「おかえりキョン。ご飯できてるけど先に食べる? それともお風呂にする?」 家の中からはおいしそうな夕食の香りが漂ってきた。俺は風呂より先に食事にすることにした。 食卓の上には見た目にも美味そうな塩鮭や味噌汁などの和風メニューが並べられた。もちろん全てハルヒの手作りだ。その食事が4人分配膳されたところで、ハルヒが子供たちに声を掛けた。 「晩御飯できたわよ! パパも帰ってきたから一緒に食べなさい」 それを聞いて「は~い」という返事が二人分帰ってきて、子供二人がとたとたと足音を鳴らしながら食卓に着いていった。 「ほら食事の前はちゃんと手を合わせて、いただきますって言うのよ」 「「いっただっきまーっす!」」 子供たちは元気に答えた。 ハルヒの薬指には俺が送った結婚指輪、もうハルヒの姓は涼宮ではなくなっていた。 幸せを絵に描いたような光景を眺めながら、俺は…………。 「ちょっといつまで寝てんのよキョン? 会社に遅刻するわよ!」 俺は目を覚ました。ハルヒの声で。そう、全ては夢だった。なんて夢見ちまってるんだ俺……。疲れてんのか俺……? 「寝ぼけてないでさっさと起きて朝ごはん作ってよ! お腹空いちゃったあたし」 ハルヒはそう言って、再び台所へと引っ込んで行った。 妙な夢を見たせいで寝起きも悪い。一体なんだって俺とハルヒが結婚して、しかも二人の子宝に恵まれて暮らしてる夢なんて見たんだ俺は? フロイト先生も爆笑もんだ。 ハルヒは相も変わらず俺と同じアパートの部屋で生活している、食事代など生活費は俺に一切まかせっきりにしてだ。今のハルヒはいわゆるパラサイトとかニートと呼ばれる部類に属する生活を送っているのだった。 そして断っておくが俺とハルヒは結婚なんてしてないし、まして未だかつてそうしなければならなくなるような既成事実に繋がる行為をしたことも一度としてない、誓って言う。 俺はただハルヒが今のニート生活から脱却し、一人前の社会人になるまでの間こうして食事と生活する場所を一時的に提供しているだけだ。 「朝飯、何がいい?」 「ベーコンエッグ、あとサラダも付けて」 やれやれ、言葉だけ聞いてりゃ同棲相手の台詞にゃ聞こえんな。これじゃ少し大きめの子供と二人で暮らす父親といったところだ。 だがその子供にも最近少し様子に変化が伺えるようになった。 まず今だって、俺がフライパンで卵とベーコンの炒め物を作っている間に、ハルヒがそれを盛り付ける皿を自分から台所に出してくれている。 そんなの手が空いてれば誰だって当然することだが、少し前のハルヒからは考えられない行動だ。それにこれまた言われても無いのに、机の上を拭いて二人分の食パンをオーブンに入れてと、積極的に朝食作りを手伝ってくれていた。 そして食事の後はハルヒが俺と自分の食べた分の皿を流しで洗っていた。といってもこれは日替わりの当番制で、明日は俺がやることになっているんだがな。 一日中家にいる女と、日中働きに出ている男が家事を共有して、しかもどうしてそれを半分ずつというおかしな比率で配分されるのかと文句を言うのは、以前まではその家事すら俺が全部一人でやっていたことを知らない人間の考えだろう。 ハルヒは変わった。未だにニート状態からの脱却はかないそうにないが、家では掃除も洗濯も俺と共有してこなすようになったし、たまにだが食事も作ってくれるようになった。 そうなるために俺が努力した点もたくさんあるが、やはり何よりもハルヒ本人の気持ちがあったからこそここまでやってこれたのだと思う。 「ごちそうさん。それじゃハルヒ、行ってくるから」 「うん。いってらっしゃい、今日の帰りまた遅くなるの?」 「多分な。早くて6時過ぎ、遅けりゃ10時過ぎるだろうから、その時は電話するよ、晩飯は先に食べといてくれ」 「ううん。遅くなっても別にいいわ。キョンが帰ってくるまで待ってるから」 そりゃ自分で飯作るのが面倒だからか? とは聞かずに俺は家を出た。 風向きは変わってきている、それも確実によい方向に。 ハルヒは最近、以前と同じ活発さを取り戻してきていた。 ハルヒはあれほどハマっていたネットゲームからもすっかり足を洗った。まだ少しネットの掲示板を覗いたり、サイト巡りをする習慣は抜けていないらしかったが、パソコンの前に座ってるのはせいぜい一日に1・2時間程度ということだ。 この調子なら、本当にハルヒが働きだせるようになるまで心を快復させる日は近いかもしれない。いや、ひょっとしてもうとっくにそうなっているのかもしれない。 もしそうなったら、俺はこのハルヒとの奇妙な同棲生活を終えることができ、ハルヒも実家に帰ってまた元気に過ごすことになって、全て元通りのめでたしめでたしとなるわけだ。 俺はそれを望んでいたはずだ。恐らくハルヒにとってもそれが理想の形であるはずだ。 だが別に俺は今の生活になにか不満があるわけじゃない。 極論、今朝夢で見たような光景が将来にあったとしても文句を言いたい気分にはならない。 しかし冷静になって考えてみろ。ハルヒにだって選ぶ権利がある。あれほどの器量よしなら、きっとどんな男でも捕まるだろう。だったら、俺が無理にハルヒを引き止めることがあいつのためになるとは思えない。 「…………そりゃあな。元々吊り合わない仲だとは思ってたさ」 少なくとも俺がハルヒの立場なら、こんなさえない男に惚れたりしないと思う。だからハルヒも今は無頓着だが、あいつのためを思うなら今のうちにあいつを元の生活に戻してやって、早く社会復帰していい男と一緒になれるようにしてやるのが最善策なのさ。 やれやれ、俺にとってハルヒってのは何者なんだろうな? まるで年の離れていない子供を持っているような気持ちだ。気づけば俺はあいつの将来だのなんだのについて考えてる。 「え? 今日はもう帰っていいんですか?」 「ああ。取引先から急なキャンセルがあってね。今日予定してた仕事は全部無しになった。だからキョンくんもまだ早いけど帰っていいよ」 呼び出された上司からそう言われて、俺は一礼してからその場を後にした。 ちなみになぜ俺が職場でもキョンと呼ばれているかというと、同期入社してきた奴の中に俺と同じ名字の奴がいたため、区別するために俺の方があだ名で呼ばれることになったのだった。これで定年まで俺の本名を呼んでもらえる機会が無くなったわけだ。 「まあ、せっかくの半ドンだ。昼飯買って帰るか」 家では今頃ハルヒが一人で昼食の仕度を始めている頃だろうか。俺が会社を後にして、電車に乗って帰ってアパートに着いたときには、昼のお茶の間定番ソング「お昼休みはウキウキウォッチング」が流れている時間だった。 「ただいま、今日は早く帰れたから…………ってあれ?」 家の中には妙な景色があった。ハルヒがいるのは問題ないが、もう二人知らない人間が追加されていた。 「おかえりキョン、これあたしの両親、なんかあたしが心配で来たんだって……」 ハルヒがそう紹介した。 「あなたがキョンくんですか。娘が世話になっています」 母親のほうがぺこりと頭を下げた。俺もつられるようにお辞儀を返した。 「キョン。あんたが連絡してたんですってね、母さんたちに、あたしがここにいるってことを」 ハルヒはぶすっとして口をアヒル形にしながら言った。 そうだ、俺が連絡していた。ハルヒをこっちに連れてきた翌日に。つまりずっともう前の話になる。 そりゃあいくら家出人とは言え、黙って家に連れ帰って住ませてますとはいかないだろう、常識的に考えて。 俺はハルヒの両親に、ハルヒを預かっている旨、それについて本人の同意も得た旨、そしてしばらくしたら元のハルヒに戻ると思うから、それまで任せてみてくださいとの説明をしたのだった。 もちろん連絡先と住所も伝えていた。だがこのハルヒの両親は今更になってなぜいきなり尋ねて来たりしたのだろうか? 「うちのハルヒが随分世話になったようでしたな、キョンくん?」 ハルヒの父親が威厳に満ちた声でそう尋ねた。 「世話だなんてそんな……。別に迷惑だなんて思ってませんし……」 つい気おされるようになって、頭をかきながら俺は答えた。その様子をみてハルヒがふんと鼻を鳴らした。 「それで父さん、一体なんの用事よ? 会いに来ただけ? それならもういいでしょ、とっとと帰ってよ」 ハルヒはぶっきら棒にそう言ってのけた。俺は今までハルヒの家庭事情について詳しく知らなかったが、どうやらこの様子からすると、少なくともハルヒと両親との仲はそんなに良好なものではないらしい。 「ハルヒ、お前もいつまでも彼に面倒を見てもらっているわけにはいかんだろう。はっきり言おう、父さんたちは今日ハルヒを連れ戻すつもりでここに来た」 ハルヒの父親がそう言った。ハルヒはそう来るのはわかっていたとばかりに肩をすくめてため息をついた。 「はあ、やっぱりちっとも変わらないのね父さん。それと母さんも。いつもあたしにそうやって一方的に意見を押し付けるんだから」 「もうハルヒ! そんなこと言ってもあんたは滅多に母さんたちの言うことなんて聞かなかったじゃない! 高校選ぶ時だって、母さんたちが進めた私立の名門高校を受けずに何でもない公立高校に無理やり進学したのを忘れたの?」 「別にいいでしょ? あたしの事なんだからあたしが決めただけよ! 言っとくけど家になんて絶対戻らないわよ!」 ハルヒはぷいっと唇を尖らせて横を向いた。こうなったハルヒはもう誰の話も聞かない。俺でさえわかるんだから、このハルヒの両親も当然に理解しているだろう。 「……キョンくん」 「は、はい。なんでしょうか?」 というかこの人たちも俺をキョンと呼ぶのかよ。まあハルヒがそう教えたのだろうが。 「キミはハルヒの事をどう思っているんだね?」 「え? ど、どうって言われても…………」 「単刀直入に言おう、君はハルヒと結婚を前提として今の付き合いをしているのか?」 …………は? いきなり何を言っておられるのだこのハルヒパパは? 俺がハルヒと結婚する? なぜハルヒについての話が急に三段ワープ並みに飛躍して俺との結婚話にまで進展しているんだ? 「キミも常識ある大人なら、今のハルヒとの暮らしについておかしいと思うだろう? 一つ屋根の下で年若い男女が他人同士一緒に暮らしているなど……」 そりゃあ正論だと思う。俺とハルヒの生活は傍から見たら立派な夫婦生活と映るだろう。 「そうなったら社会的にはもう二人が一生を共にする気があるのか無いのかという疑問が出るのも当然だと思うだろう?」 「父さん! ちょっといい加減に……」 「ハルヒは黙っていろ! 私は今彼と話をしているんだ! キョンくん、だから君の考えを聞かせてもらいたい。もう君はハルヒと一生責任を持って共に暮らしていくつもりなのか、それともそうでないのかを」 「そんな急に言われても……。それにもしそうじゃないと言ったら、ハルヒを連れ帰ってどうする気なんです? ハルヒは知っての通り心の病を持っていて、とても一人で生きていける状態じゃあ…………」 「その事についてはもう心配いらない。知り合いの医者から紹介された派遣カウンセラーと話が通っている。ハルヒがうちに帰っても君の代わりはその人がする」 俺の代わりだって? そんな。俺がハルヒと一緒に暮らしてたのはそんな仕事みたいな関係じゃなくて………… 「キョンくん。誤解してもらっては困るからはっきり言おう。私は君にとても感謝している。この通りだ」 ハルヒパパは座ったまましかし深く頭を下げた。 「この家に来てハルヒを見て正直驚いたよ、以前家を出て行ったときとは比べ物にならないほど落ち着いてくれている。多分全て君のおかげなのだろう、本当にありがとう」 そうだ。ハルヒは前よりずっとまともになっている。もう自堕落に一日中パソコンと引っ付いて生活することもないし、部屋だって自分で掃除している。気の向いたときには俺に弁当を作ってくれることすらある程だ。 だったら…………ひょっとしてもうこの父親の言う通りにすべきではないだろうか? だってハルヒは誰から見てもほとんどまっとうな社会生活を営める能力を持っている。それが誰の手柄かなんて問題じゃない。ハルヒが戻れるなら、早く元の生活に戻してやるべきなんじゃないのか? そう、こんな不自然な関係はさっさと止めにして。 「ハルヒの仕事先についても大手の総合商社と話が付いている。ハルヒの一流大学の肩書きは中退とはいえ十分に買ってもらえたよ」 普通ここまでしてくれる両親ってのは中々いないと思う。ハルヒの両親も、紛れも無くハルヒを愛しているんだ。それは違いない。 でも、ハルヒは気にいらない表情でぶすっと顔をしかめていた。そして俺も内心同じ気持ちになるところがあった。それがなぜなのかはわからない。 「それでねハルヒ。あんたももう25でしょう? もういい相手を見つけて家庭を築いていく年よ、だからその会社で働きながら男の人と仲良くなって…………」 「イヤよっ!!」 ばあん、ハルヒが机をぶっ叩いて立ち上がり反論した。これには俺もハルヒの両親も驚いた。 「母さんも父さんも! いっつもそう!! あたしの事なのに全部そうやって勝手に決めて!」 「お、落ち着けよハルヒ!! 両親だってお前の事を思えばのことじゃないか!? ありがたい話じゃないかよここまでしてもらって! 感謝こそすれ文句をいう筋合いは無いだろ!」 俺がそうなだめると、ハルヒは荒い息を吐きながらもすっと椅子に腰を下ろした。 「……まあそういうことだキョンくん。それでさっきの質問の続きだ。君はハルヒをどう思っているんだ?」 ハルヒパパが落ち着いた、しかし低い声でそう尋ねた。 俺にとってハルヒがどういう存在なのか? それは…………ずっと前にも同じことを考えた。そして今も答えは同じだ。 俺はハルヒが好きだ。 この奇妙な同棲生活にも、言い得ないほどの満足感と幸せを感じていた。 だからハルヒと結婚を前提に付き合う気があるのかと聞かれれば。「はい」と答えることになる。 だが、だったらハルヒはどうなる? 今俺が一緒にいたいと言えば、ハルヒはこの場の勢いで同意するかもしれない。しかしそれが本当にハルヒのためになるのか? 今の生活を引きずってハルヒが婚期を逃すことを両親が一番恐れているのはわかる。そしてそうなったとき、俺は責任を取れるのか? そんなの取れるわけがない。親からすれば自分の娘の一生に関わる問題、必死になるのも頷ける。 ハルヒの両親はすでにハルヒのために家に医者やカウンセラーを準備させるとまで言っている。おまけに就職口も、いい結婚相手を探す方法まで用意してくれている。 今のハルヒは確かに以前のハルヒに戻ったが、それでもまだ高校生と同じくらいの精神年齢にしか見えない。そんなハルヒに今この場で無理やり俺を選ばせて、ハルヒが本当に幸せになれるのか? この両親だって口には出さねど内心は反対している、それは雰囲気で十分伝わってくる。そりゃあ当然だろう、ハルヒならもっと金持ちのいい男をいくらでも捕まえられる。可愛い娘を俺なんかにさらわれたくないと思っているだろう。 俺はハルヒが好きだ。だがそれ以上にハルヒ自身に幸せになってほしい。だったら、ここでの返事はもう決まっている。 「…………わかりました。もう俺がハルヒにしてやれることはありません。ハルヒをよろしくお願いします」 俺は手放した。いつでも手の届くところにあった俺の一番の幸せ、ハルヒとの生活を。 それ以上誰も何も言わなかった。 ただその時のハルヒが顔に浮かべた表情はひどくがっかりしたもののように見えた。ハルヒが一体誰に何を伝えたかったのかはわからなかった。 そしてその後の手続きはひどく事務的なものだった。 まずハルヒパパは、ここでハルヒが世話になった分の金銭を養育費として支払うと言ってくれた。 手渡された小切手に記された金額は、とても一人の人間が一年足らずの生活で必要とする金額ではなかったが、多い分は気持ちとして受け取ってほしいということだった。 それから、ハルヒはそのまま両親と共に家を後にした。これといった私物を持っていなかったハルヒは、ここに来たときと同様に手ぶらで着の身着のまま帰っていった。 あれほど怒り狂うように抵抗していたハルヒはなぜか帰るときはこの上なく大人しかった。 ぱたんと玄関の扉が閉じてからは静かだった。久しぶりに一人になった広い部屋で、俺は一人分の昼食を作って食べた。 それからまた元の生活に戻った。気楽で気ままな独身男性の生活ってやつだ。 仕事は忙しかったがそれが逆にありがたくもあった。早くハルヒの事を忘れちまいたかった。忘れないと俺自身がいつまでも前に進めないと思ったから。 部屋を模様替えして大掃除した。部屋にあったハルヒのために買って来た雑誌やらなんやらは全て捨てた。 クローゼットの中には一つだけ掛けられた女性物の服があった。以前まだハルヒが全くひきこもり状態から回復していなかったときに通販で一緒に選んで買ったものだ。家に送ってやろうかとも思ったがやっぱりそれも捨てた。 ハルヒだってさっさと俺の事を忘れるべきだと思ったから。俺の事も、ここでの生活も全て忘れて、ハルヒママの言う通りいい男でも見つけて幸せな家庭を築いていくべきなんだ。 1ヵ月経った。もうあまりハルヒの事を考えなくなった頃、夕方帰宅した時に一本の電話が掛かってきた。 せっかく家に帰ってまた会社から仕事の話じゃないだろうな。そんなことを考えながら俺は受話器を取って耳に当てた。 電話を掛けてきたの相手は会社の上司ではなく、ハルヒの母親だった。 ひどく狼狽している様子で、ハルヒの母親は恐ろしさから来る震えを堪えるのと同時に、嗚咽を漏らしながらむせび泣いていた。 なにがあったんですか? そう聞くと、ハルヒの母親はなんとか一言を搾り出すために呼吸を整えて、短く俺に告げた。 『ハルヒが自殺した』 後編に続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1637.html
キョン「ただいまー」 ハルヒ「足りたでしょ?」 キョン「あぁ。すき焼き肉1パック498だった。」 ハルヒ「広告に書いてあったでしょ?ちゃんと見なさいよね?」 キョン「いっちょ前に主婦じゃねぇか…ハルヒ。」 ハルヒ「ふふん♪」 キョン「なぁハルヒ、久しぶりに朝比奈さんたちも招待しないか?」 ハルヒ「いいわね~っ!じゃお肉足りないからもっかい買って来て~。はい1000円。」 キョン「…………」 俺はハルヒに渡された1000円を握り締め、近くのスーパーへいわゆるおつかいに来ている。 しかし二度目のご来店となるとさすがに恥ずかしいな。 俺は先程と同じ段取りでカゴにすき焼き肉を二つ放り込む。 「さて、」 お会計を済まそうとさっさとレジへ進もうとしたその時、何やら見たことのある二人がカートお押しながら仲良く並んでショッピングを楽しんでいた。 古泉とみくるさん夫妻だ。 全く…そのままジャスコかなんかのCMに出ればいいってくらいの美男美女だ。 どうせ後で呼ぶのもあれだしな、今声をかけておこう。 買い物カゴを持ったまま不審者の様に古泉たちの後を追い、声をかけた 「おい古泉。」 「なんでs…」 恐る恐る振り向いた二人の顔が俺を見た途端にいつものニヤケハンサム面と天使の微笑みに変わった。 「キョンくん!!」 声をかけた古泉よりも真っ先に返ってきたのはみくるさんのエンジェルボイスだった。 「おやおや、奇遇ですね。ハルヒさんはどうしました?」 「いや、ハルヒに頼まれた使いなんだ。」 このニヤケハンサム面を拝むのも何年ぶりだろう。 いやしかしまさかこいつが俺の中の永遠のアイドル(旧)朝比奈さんをモノにするとはっ!! こいつめっ…!こいつめっ…! などと考えてる場合じゃないな…。 早いとこ伝えておこう。 俺が事の説明を話しているとみくるさんは目を輝かせて 「いいですね~♪」 と言って古泉に同意を求める様な仕草をした。 「では僕たちも材料を買いましょうか。」 快く古泉は頷いた。 「肉はもうこれで十分だからな。あとは適当に野菜とかで良いんじゃないか?」 「そうですか。では、ビールとおつまみを見に行きましょうか。」 「だな。」 「じゃあ私はお野菜見てきますね♪」 そしてみくるさんは頭の上に「♪」でも出てきそうなくらいの足取りで青果コーナーへと向かった。 さすがにビールとおつまみ代を古泉…いやみくるさんに出さす訳にはいかないな。 少々痛いが乏しい俺のポケットマネーで賄うとしよう。 古泉と飲むのも成人して以来か… 酒やつまみを適当にカゴに放り込みながら古泉に話しかけた。 「なぁ古泉…」 「何ですか?」 「お前、成人式以来長門に会ったか?」 「いいえ。しかし毎年年賀状は送ってくれますし、さほど心配もしてなかったのですが…。」 そう、長門は毎年あのパソコンでうった様な文字で年賀状を送っては来るものの…それ以外に長門と連絡を取ることが無かった。 しかし年に一度の生存確認で大概俺とハルヒは安心していた。 何てったってあの長門だ。 今になっては「元」宇宙人だが。 今から約7年前、高校を卒業して1年たち、卒業後もしばらくは行われていたSOS団の活動も治まって、俺とハルヒは社会に程々に順応していた。 ハルヒくらいの頭なら大学へ行ってもおかしくないが… ある日突然「キョンっ、一緒に暮らすわよっ!」な~んて言われた日にゃ俺もびっくりしたね~。 なんせあの不思議大好き野郎と暮らすんだからそりゃもう高校時代より疲れる生活が待っていること請合いなので俺も断ったんだがな…。 俺の安月給じゃ生活できんぞってな。 ところがあのハルヒは、「あたしも出すわよ、生活費くらい。」 最初自分の耳を疑ったがその後にまた俺の心の朝日新聞の一面を飾る様な一言がハルヒの口から言い放たれた。 「好きなのよ…あんたのことっ!!」 なんて強引な告白の仕方があるだろうか? それからと言うものハルヒは気が強い普通な女の子となってしまったのである。 その時の古泉曰く、徐々にハルヒの世界を変える力は失われていっているらしかった。 「そうなれば僕の能力も無くなり、朝比奈さんや長門さんたちそれぞれの役目も終わります。」 両手を拡げそう言った後、俺は気付いた。 ハルヒを見守る必要が無いなら古泉を除いた二人はどうなるんだ? 古泉は元は普通の人間、まぁ朝比奈さんもそうだが、そうなると朝比奈さんは未来に帰り、長門は消えてしまうんじゃ… 「鋭いですね…」 ニヤケた面が真顔になった。 古泉と意見が合ったりするのは年に数えるくらいだが… 珍しい事もあるもんだな。 「おや、僕はただハードな青春を共にした仲間と離れたくないだけですよ。」 「あとどれくらいで無くなるんだ…?」 「保って2日といったところでしょうか?」 「行くか…!急いだ方がいいだろう?」 「わかりました。」 「僕は朝比奈さんに話をつけてきます。長門さんを頼みました…!」 「わかった!!」 急いで走って着いたあのマンション… 卒業した後も長門宅には行ってたからな、自宅はここで間いない! 急いでベルをならした。 ……………………… 出ない!?まさか…! 「長門!」 珍しく長門がエントランスから直接鍵を開けにきた。 少し目が潤んだ様に見えるのは気のせいか。 そしてゆっくりとエントランスのドアが開けられた。 「長門っ!話がある!!」 「………(コクン)」 「あのな、長門…」 「私もあなた達に話があったところ。」 「涼宮ハルヒの能力があと26時間42分8秒で失われる。だからお別れを言おうとした。」 「その事なんだがなぁ長門、俺はそうはさせないぞ…。」 「……。」 「いつだったか俺言ったよな?お前がもし情報なんとかに消される様なことがあったらハルヒに全部話して何としてでも見つけ出すって!」 「以前は私のバグが原因。でも今は任務が終わった。だから情報統合思念体は」 「長門っ!!」 俺が叫んだせいで長門が少し驚いた顔をした。 くそっ写メ撮っとくんだったぜ… 「結局はその親玉に消されるんだろ?そんなの俺は認めないぞ!!」 熱くなり過ぎたか、俺は長門の腕をつかんでいた。 その時、長門の頬をわずかな水分が滴った。 「だからな、長門。今からハルヒに全部話そうと思うんだ…。」 「…そう。」 俺は長門の腕を掴んだままハルヒの待つ自宅へと走った。 そしてマンションの前に着くと先に古泉と朝比奈さんが居た。 あとから聞いた話しによると、朝比奈さんは判りやすく荷物をまとめて準備していたという。 なるほど、この時すでに……っ!!! 「キョンくん、……ぅぇっありがとう~…!!グスン…。」 古泉の隣りの朝比奈さんの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。 「では、行きましょうか。」 「おう。」 「ハルヒ!」 「なっ…何!?みんな揃って…!?」 いやぁ~あの時のハルヒの顔も見物だったね。 なんせみんな血相変えて走り込んで来たんだからな。 「いいですか涼宮さん、これから僕らが話す事は全て事実です。」 それから小一時間今まであった出来事を洗いざらい吐いてやった。 長門が宇宙人、朝比奈さんが未来人、古泉が超能力者でお前はとんでもない力を持っているという話。3人の役割、そして役目を終えた長門や朝比奈さんがいなくなると言う事を。 「有希を消しちゃうなんて許しがたいことだわっ。それにみくるちゃんも!団長の許可無しに未来へ帰っちゃうなんて駄目じゃない?!」 ハルヒの言葉を聞いた朝比奈さんはさらに涙の量を増やし 「涼宮さぁ~ん……」 声を荒げて泣き出した。 そしてハルヒから 「で、有希やみくるちゃんはほんとにそれでいいのね?」 と確認されると長門と朝比奈さんは頷いた。 やっぱり団長は頼りになるなと実感させられたときであった。 「有希、その能力はどうやって使うの??」 「心の中で、今まであなたが思っていた通りの私達を想像すればいい。私も協力する。」 そう言ってハルヒと長門は目を瞑り、念じ始めた。 しばらく瞑想していたハルヒと長門に割って入る様で悪いが俺は万能宇宙人である長門に最後の疑問を聞いてみた。 「すまんが長門、この後の歴史はどうなるんだ?」 「情報の操作は得意。今はそれも含め涼宮ハルヒに協力している。」 「そうか。そうだったな。」 「そう。」 それからややあって、長門は一言だけ俺に告げた。 「終わった。」 その場にいる全員の肩の荷が降り、朝比奈さん達はペタンと腰を下ろし、また泣き出した。 ハルヒは笑顔で俺に言った。 「こんな面白いこと黙ってたなんて信じられないわ!!今夜はみんなでキョンに説教よ!!」 その後俺とハルヒが住むマンションで「すき焼きを大いにた盛り上げるための涼宮ハルヒのキョンを説教する会」が行われた。 ハルヒが消えちまった後の鍋もうまかったがあの時のすき焼きも申し分ないくらいうまかったな。 前置きが長くなったがその後普通の女の子になった長門を成人式の日以来見ていない。 出るか不安だったが長門の携帯に何年ぶりかに電話をかけてみる。 ……………… 「…もしもし。」 「長門か?」 「…。」 恐らく受話器の向こうで頷いたのだろう。 「久しぶりだな。」 「…。」 あの、長門さん?受話器の向こうの頷きは俺には見えないから少しはしゃべってくれよな。 「…わかった。」 「変わらないな。」 「…そう。」 「今日俺んちにみんなを呼んでまたすき焼きでもしようと思うんだが。」 「くるか?」 「……行く。」 「そうか。ならもう古泉と朝比…みくるさんは来てるからな、待ってるぞ。」 「わかった。」 そう言って長門は電話を切った。 長門の家からここまでは電車で一駅、さほど来るのに時間はかからないだろう。 ハルヒとみくるさんも仲良くすき焼きの準備を…… 「みくるちゃぁん!折角だから裸にエプロンやってみない!?」 「ふぇ~~!!」 ハルヒ!人妻バージョンのみくるさんも見てみたいのは山々だが夫の前だ!!自重せい! おい、古泉、ニヤけてないでお前もなんか言え! 「変わらないのはあなたもハルヒさんも一緒ですね。」 とチラシのモデルから雑誌のファッションモデルに進化したスマイルで俺に言った。 しかたないな…。 「やめろ!ハルヒ!!一昔流行ったしゃぶしゃぶじゃ無いんだぞ!」 懐かしいな…まさか今になってこのやりとりをするとは。 「しゃぶしゃぶ?今はすき焼きを作ってるのよ??」 「わかってる!これ以上言わせるな!!」 古泉夫妻がそれをみて笑っていた。 古泉、後で覚えておけ。 「それは恐ろしいですね。」 こいついつの間にビール一本空けやがったっ! 「一樹くんは酔ったら手強いですよ?」 みくるさん、それはどう手強いんですか? 「ふふ♪禁則事項です♪」 人妻最高!……っ!? 「キョン?何鼻の穴膨らましてんの!?」 油断した…ハルヒを止めていた途中だった… ―ピンポーン― するとチャイムが鳴った。 きっと長門だろう。 インターホンのモニターを覗き込む。 ……………誰だ? モニターの向こうには髪は肩まであり、 背は高くないもののスラッとしてて清楚な感じの女性が立っていた。 「なぁハルヒ、知り合いか?」 「有希じゃないの―??」 準備していたハルヒはエプロンで手を拭き、いそいそとモニターに目を向けた。 「すいませんどなたですか―?」 「…長門有希………………です。」 『ぇえ―っ?!!!!』 一同は驚きの声をあげ、俺を挟み込むかの様にモニターを我先にと覗いた。 みくるさん、肉の塊が…そして古泉、顔近いぞ。 「今開けるわね!!」 鍵を開け、進化した長門をリビングに招待する。 しかしこうも変わっちまうとちょっと畏まってしまうな。 「変わったな、長門。」 「そう?」 「背も少し高くなったんじゃないか?」 「あれから…少し伸びた…わ。」 伸びた…わ って…。 少し無理してるな、ここでは普通の長門でいいんだぞ? 「そう。」 「人ってのはこうも変わっちゃうもんなのね―。」 ハルヒは長門を珍しいものを見る様な目で長門を見つめる。 無理も無いがな…。 あの時は制服しか着てなかったし、今はan〇nにでも乗ってそうなくらいの美人だ。 「あれから何か変わった事はあったか?」 「特には。強いて言えば制服が入らなくなった。」 今のは長門なりのジョークだろう。古泉も相当ウケている。 「フフフ………ケラケラケラwwwwww」 ウケすぎだろ!いかん、こいつ完全に逝っちまってる。 「しかし突然そんなに変わられるとさすがの俺も驚いたな。」 「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイズに基本的な身体の成長は無かった。 あの時の情報改竄によりあなた達と同じ有機生命体になったことにより、今までの反動が訪れた。」 「よくわからんが人間になって遅れた分一気に成長したってことか?」 「そう。」 久々に長門の顔を見たが前の幼かった長門とは一転、ハルヒやみくるさんが居なければ確実に心魅かれていただろうね。 「ところで長門…前みたいに金に自由は利かないだろう?仕事とかしてるのか?」 元宇宙人に超現実的な質問をしてみる。 古泉は元機関とやらの誼で何かの研究をしているらしい。 かという俺はハルヒの紹介で夫婦揃ってA〇ショップの店員だ。 携帯ショップの何が悪い! 言っとくがハルヒのユニフォームの似合いようははんそk…話が脱線したな。 「ファッションデザイナー。」 !? 「有希―!すごいじゃない!?」 「長門さん昔から多才でしたもんね~♪」 「マッガーレ」 「こら古泉!スプーンを力ずくで曲げるな!! しかし長門、専門学校とか行ってたっけ?」 今日日学生のバイト代で行ける学校なんてどっかのお笑い芸人養成所くらいだ。 「親玉から仕送りみたいなのがあったのか?」 「定期的に。その一部を蓄えていた。」 「そんなとこまでしっかりしてたんだな。」 そんな話をしながらビールをちびちびやっていた。 すると長門はハルヒ達のいるキッチンへと向かって行き 「手伝う。」 と一言言い、下準備を始めた。 あの時からようやく人並みの生活をできる様になったのか。 そういや表情に乏しく、この俺の眼力でようやく変化したのが伺えたあの長門だが、今は誰が見ても分かるだろう。 楽しそうだった。 笑いながら作業する美女3人を見ていると心から幸せだと思うね、うん。 「はたしていつまで続きますかね、永遠にこの状態だといいのですが…。」 いきなりマジに戻るな!空気読め!顔を近付けるな!酒臭い!! 「……。今我々はその長門さんの元親玉、情報統合思念体について研究しています。みくるさんにも手伝ってもらってね。」 「何?!完全に情報を操作したわけじゃ無かったのか?!しかもみくるさんまでそのいかがわしい仕事を…」 「えぇ。いくら前の長門さんでも何億年前の情報から操作するのは無理だったと思われます。」 「で、何かまずい事でもあったか?」 「もしあなたが大事にしていた息子をさらわれて、もうあなたのもとに戻らないと分かった時、あなたならどうします?」 「一生さらった奴をゆるさねぇな。」 「そうです。」 まさか…………。 情報なんとかがそんな子供思いのお父さんだったとはな。 「ということは、結果長門は情報思念体から千切られて無理やり人間にされちまったようなもんか…。」 「本人の意思もありましたし、無理やりという表現は正しくないですが。まぁそんなところです。」 そうだな、俺が長門の親ならあんな可愛い娘をさらった奴に制裁をくわえる。 「しかし今のところ、何の動きもありません。安心してもいいでしょう。」 「そうかい。ま、長門の親以上に怖いのがうちのハルヒなわけだが。」 なんだがまた俺だけ2Gくらいの圧力がかかったくらい体が重くなった。 飲み直すぞ、古泉。 「はいw」 「できたわっ♪」 そうこうしてるうちにすき焼きが出来上がったみたいだな。 ん~いい匂いだ。 さっきのことは一旦忘れて、今日はみんなの再会を祝してSOS団すき焼きパーティーだ。 そうだ、今度また不思議探ししないか? 駅前とかじゃなくどっかの温泉とかな…。 ん、うまい!!! 涼宮ハルヒのすき焼 ―完―
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/523.html
俺は今奇妙な状況下に置かれている。 …というのもあの凉宮ハルヒに抱きつかれているというのだから戸惑いを隠せない。 普段のハルヒがこんなことをしないのは皆さんご存じだろう。 まぁ、とある事情があって普段のハルヒではなくなっているからこうなっているわけだ… そのとある事情を説明するためには少々過去に遡らねばならん(←こんな字書くんだな) いつもの通り俺たちSOS団は文芸部の部室にいた。 まぁ、いつもと一つ違うと言えばこの砂漠のような部屋に俺の心のオアシス… そう、朝比奈さんがいないことぐらいだ。 さっき廊下でたまたま会った鶴屋さんの話によると夏風邪らしい。 やはり日頃の疲れが貯まっていたのだろう そこの団長の特等席でふん反り返ってる涼宮ハルヒのせいで… と、俺が色々と考えながらハルヒを見ていると 視線を感じたらしいハルヒがこっちを睨んで言った 「なに!?暑いんだから視線を向けないでよ!」 「……」 いつもだったら何か捻った言葉の一つでも返すのだが、暑すぎて何も返せなかった。 続けてハルヒが言う。 「まったく、ボーっとしてるんならクーラーかみくるちゃんを持ってきなさいよ」 こんなに暑いのに口の減らん奴である。しかもまた無茶なことを… 「無理に決まってるだろ。朝比奈さんは病気だし、クーラーを買う金もない。」 俺は必要最低限の返答をした。 その返答に対してハルヒは「知ってるわよ!バカキョン!」 逆ギレかよ…。そうとう不機嫌だな今日は。 しばらく沈黙が続いて部屋には長門が本をめくる音だけが響いた。 バンッ!! 突然ハルヒが机を叩き立ち上がった。 俺と古泉はぼんやりとしていた脳への突然の刺激に驚いてハルヒの方を向いた。長門は……まぁ、そんなことぐらいでは反応しなかったな。 「お酒を飲みましょう!!」 「………ハァ?」 感情が素直に言葉として表れた。わりと考えてからものを言うタイプなんだがな。 「暑い日はビールに限るってうちの親父が言ってたのよ!」 そんなに目を輝かせるな。 「なに言ってんだ。未成年だろ俺たち。しかもここは学校だ」 もっともである。これに異議を唱える奴(不良以外でな)がいたら俺の前に出てこ… 「はあ!?なに堅いこといってんのよ!せっかく高校生になったんだからバレなきゃいいのよ!」 …いたよ。それも目の前に。 「しかもここで飲むなんて、そこまであたしはバカじゃないの」 さすがにそこはわかってるらしい。 「ああそうかい。じゃあ早く家に帰って一人で…」 「は?何言ってんの?」 人が話してんのにこの女は…。 人の話は最後まで聞くって教わらなかったのか? アメリカの映画の口論みたいな奴だ。 と不満を脳内でぶちまけていたのだが 俺はまたハルヒのイカレタ発言を耳にすることになる。 「キョンの家でみんなで宴会に決まってるじゃない」…皆さん、今この人はあたりまえみたいに言いましたけど決まってはいないですよね? 俺の脳内のたくさんの俺による俺会議の結果、満場一致で反論することが決まった。 「なに勝手に決めてんだ。いい加減にしろ。だいたい…」 俺がいいかけると読書中の長門が呟いた 「…………閉鎖空間」 おいおい嘘だろ?こんなことぐらいで・・・ そう思い古泉を見ると、腹が立つくらいの笑顔で頷きやがった ムッとした例のアヒルみたいな口でハルヒが言った。 「だいたいなによ」 お前はいつもいつも…と言おうとしていたのだが、あの言葉を突き付けられてしまっては…… 「だ、だいたい俺の親が許可するかどうかわからないしだな」 …あれ? うわぁ~ミスったよ!親さえ良ければ家でいいみたいじゃねえか! 「なるほど、それは考えてなかったわ。じゃあ今聞いてみなさい」 やっぱりね。うん。わかってたぞ。なんだかんだでハルヒとの付き合いも長いしな。 言ってしまったものは仕方ない。 俺は携帯から自宅に電話した。 しばらくかけていると母親が出た。 どうしたの?とか聞かれたが手短に済ませたかった俺は本題に入った。 「あのさ、家で酒とか飲んだらダメだよな?」 頼む!ダメだと言ってくれ!親がダメと言ったならハルヒも諦めるだろ。 そのためにわざわざ否定疑問文で訊いたんだ。 「いいんじゃない?もう高校生なんだし。外で飲んで警察のお世話になるよりいいわよ」 …そうだった。俺の親は割りとさばけた人間なんだった。 俺は電話を切った。 「いいお母さんね。キョンと違って話の分かる人よ」 うれしそうにしやがって。つーか笑顔は本当にかわいい奴だ。 ワガママにもいい加減慣れてきている自分が少し嫌だ。 そんな感じで俺らSOS団は雑用係である俺(言ってて悲しくなってくる)の家で 宴会を開くことになった。 待て待て、まだ俺の話は終わりじゃないんだ。 少し愚痴らせてくれ 家に向かう途中で酒を買えれば良かったのだが、もちろん制服姿の奴に売ってくれる店はない。 つまり俺はハルヒ達を一度家に案内して着替えてから買いに行かねばならんのだった。 もちろん私服がないという理由で俺ひとりで買いにいったさ。 まあ、奢りじゃないだけマシか…。 「じゃあ行ってくるけど、部屋荒らすなよ?特にハルヒ!」 そう言い残して俺は家を出た。 冒頭で言ったように外は暑い。いち早くクーラーの効いた部屋に帰還するため俺は急ぎめで買い物を済ませ家に向かった。 ちなみに店員はあきらかに二十歳に達していない女子高生だった。 はたして俺はいくつに見られたのだろう? など考えながら家に着いた。部屋のドアを開けるとクーラーが効いていて、まるで天国のようだった。 「買ってきたぞ」 俺は溜め息混じりで言った。 「お疲れ様です」 と古泉が言ったので、「ああ疲れたよ。畜生!」と心の中で思ってると 「………お疲れさま」 と長門が蚊のなくような声で言ったのを俺はしっかりと耳にした。 普段無口な長門に感謝されると行った甲斐があるというものだ。 と少し感動していると 「10分ちょっとね。まぁ、キョンにしてはなかなかのタイムね。お疲れ様」 ハルヒの言葉に俺はややムッとしたが気にしていてはきりがない。 「部屋荒らしてないだろうな?ハルヒ? 俺は先ほどの怒りの分も込めて言ってやると、 「あ、荒らしてなんかないわよ!」 ハルヒが心外だという顔で言った。 実に怪しいものだが、ちょっと荒らしたぐらいじゃ見られて困るようなものは見付からないだろうしな。 「そうか」 とだけ言って床に座った。 その後、機嫌が少し悪そうなハルヒをフォローするため古泉が 「乾杯の合図は団長が」 など言いながらハルヒに缶チューハイを渡し、 古泉の気遣いに気を良くしたハルヒのやたらテンションの高い乾杯で、ハルヒ曰く「第一回SOS団夏休み直前祝いの宴会」が始まった。 いや、始まってしまったの方がしっくりくるな。 そこからが大変だったのだ。 俺とハルヒは父親がかなり飲むらしく、全然酔わなかった。 古泉はあまり飲まないし、少し顔が赤くなる程度でいつもと変わらずだった 意外だったのは長門だ。俺の個人的主観では長門はこの中で一番酒に強い! ということになっていたのだが、それは大きな検討違いだったらしく、 一口、二口飲むと、まるで人形のように倒れ込み、そのまま眠ってしまった。 それを見たハルヒが 「有希ったらだらしないのね~」なんて楽しそうに言っていた。 どうせ酔うなら、ベラベラとハルヒぐらい喋る長門や、笑い続ける長門も見たかったが おそらく収拾に困っただろう。 それにしてもハルヒは飲む。気付けばハルヒの横には空の缶が4本も並んでいる。 心配になり 「飲みすぎじゃないのか?」 と声をかけたが、 「こんなのジュースと同じよ!!」 と言われてしまった。 本人が一番自分を分かっているだろう。 俺はハルヒのことはあまり気にかけず、テレビを見た。 長門は息をしてるか不安になるくらい寝ていて、俺と古泉はあまり飲まずにテレビをみて、ハルヒは飲みながらテレビを見ていた。 興味深い番組に夢中になっていたため気付かなかったが、 時計はまもなく10時30分を指そうとしていた… ふとハルヒの方を見ると、そこには目の座った完全な酔っぱらいがいた… 俺は知っていた。酔っぱらいとは目を合わせてはならないということを、しかし、酔っぱらいと知らずに見た奴が酔っぱらいだった場合の対処方は知らない。 そう、まさに今だ… 「なあに見てんのよキョン~」 うわっ!絡まれた! 俺は酔っぱらいがどれほど厄介なものかは分かってるつもりだ。 現にうちの母親はすぐ酔うし絡むからな。 のそのそと近付いて来たハルヒは俺に抱きつくとそのまま押し倒した・・・ 「どけ、ハルヒ!重いから!」 勘違いするなよ?ハルヒの名誉のために言うが別に本当に重いわけではない。 俺は酔っぱらい(主に母親)に乗しかかられた時はいつもこう言うのだ。いわば決め台詞だな。 しかしハルヒは一行に退こうとしない。 「ん~キョン~」などと普段出さないような声で顔を俺の胸あたりに擦りつけて来る。 そんな攻防がしばらく続くと長門が目を覚ましあたりをみて開口一番にこう言った 「………帰る」 俺は喜び、叫んだ。「早くこのよっぱらいを連れて帰ってくれ!」 もちろん心の中でだぞ? しかし次の言葉で固まった。 「では帰りましょうか、長門さん?」 長門はコクッと微かに首を縦に振った。 えっ!ちょっと待てよ。涼宮さんはいいのか!? 「おい、古泉!こいつはどうするんだ!?」 俺は今まさに部屋から出ようとする古泉に訪ねた。 「ん~」 なに考えてんだ?「ん~」じゃないだろ!? 「お任せします」 笑顔でいいやがった。 「ハァ?」 今日は素直に言葉が口から出る日だ。 「おじゃましました」 そういうと俺の心の底からの疑問には耳も貸さず古泉は部屋から出てった。 続いて長門が出て行こうとしたため 俺は最後のチャンスだと思い長門に言った。 「な、長門!こいつを連れて帰ってくれ!」 「……やだ」 「やだ」って長門さん… まだ少し酔ってんだな~とか考えているうちに長門は部屋から出て行った。 俺は戸惑った。時計を見るともう11時を過ぎている。 もちろんハルヒを一人で帰らせるなんてことはできないし、 送って行くにしろ、こんな泥酔状態の奴を連れて歩いてたら警察に捕まる。 俺が必死に考えているというのに当のハルヒは今だに俺の胸あたりに顔を擦りつけ、 甘ったるい声でゴニョゴニョ言っている。 なにを言ってるんだかわからないが、俺はハルヒの方を見ていた。 しばらくすると、突然ハルヒは顔を上げ、俺の方を見て言った。 「キョンはあたしのことどう思ってるの~?」 …その刹那、稲妻が体を突き抜けた。 というのは嘘だが、 元々美人なハルヒが上目使いで、頬を赤く染め、さらには「あたしのことどう思ってる?」 と来たからには衝撃を防ぎきることはできなかった。 「ど、どうって…」 俺が言葉に詰まっているとハルヒが俺の体を軽く揺すり 「ねぇ~どうなの~?」 とか言っている。 正直この状況に俺はまだ困惑しているため、 苦し紛れにハルヒに言った。 「お前は俺のことどう思ってるんだ?」 普段のハルヒの質問に質問で返したら逆鱗に触れることは必至だが、今ならいけそうだと判断したからだ。「え?あ、あたし?」 赤い顔を更に赤くさせ、ハルヒが言った。 「そうだ。ハルヒから教えて欲しいんだ」 確にハルヒが俺をどう思ってるのか気になるしな。 今なら本音が聞けそうだしな。 財布とかパシリでないことを祈ろう… しばらく沈黙が続いた(5秒ぐらいだがな)が、ハルヒが話出した。 「…あたしは……キョンが……好きだよ///」 「へ?」 我ながら気の抜けた声である。だが本気で俺は驚いたんだ。まさかあのハルヒから好きだと言われるとは思わなかったからな。 たぶん今鏡を見たらトマトより赤い俺に似た奴が写るだろう。 頭の中がパニックになっていたが、 どうやらハルヒの話にはまだ続きがあるらしかった。 「…いつもあたしの勝手なワガママ聞いてくれるのキョンだけだし。いざという時ほんとに頼りになるし、 いつもあたしのこと支えてくれてるもん…。キョンに会わなかったら高校だってきっと辞めてた…。」 いつになくシリアスなハルヒの話を俺は黙って聞いていた。 「それに比べてあたしは……グスッ」 ……泣いてる? 確かに泣いている。人前で涙を見せないハルヒが。 泣きながらハルヒは続けた。 「キョンの優しさに甘えてばっかりだし……、かわいくワガママも言えないし……、なにかしてくれても、 ありがとうも言えないの……。いっぱいいっぱい感謝してるのに、何度も何度も支えてもらったのに…」 俺は何も言えずにいた。 「…だからね……、キョンの気持ちが知りたいの…。 こんなあたしのこと良く思ってないのはわかってる。あたしがキョンだったら、とっくに見捨ててる……。」 「でも…あんたは見捨てないでいてくれた…。 あたしは……もうキョンじゃなきゃ駄目なのよ……。 迷惑なのは分かってる。でもキョンがいないとあたしきっと壊れちゃう…。 だからキョンの気持ち聞かせて…。お願い…。 みくるちゃんみたいになるから…。キョンの理想の女の子になる……。だから……!!」 気付けば俺はハルヒを抱き締めてた。 「キョ、キョン…?」 いつもと違う弱々しくて壊れそうなハルヒを抱き締めてた。 「…違うぞハルヒ。」 そう、違うんだよ。俺が好きなのは…… そういえば今日は素直に口から言葉が出る日だったな…。 「俺が好きなのは今のままの涼宮ハルヒだ…。ムチャクチャなことばっかり言ってて、 俺を振り回して…。素直じゃなくて、怒りっぽい…そんなお前が好きなんだ!」 「……うそ」 ハルヒは驚いた顔をして声を漏らした 「ウソじゃない。お前が好きなんだ。お前が好きだ。 …さっき素直じゃないってお前に言ったが、本当に素直じゃないのは俺の方なんだよ。 お前の正直な気持ちを知ってやっときづいたんだ。お前を愛してるってな…」 こんなに自分の気持ちを表に出したのは久しぶりだった。 「いなくなって壊れるのはきっと俺だって同じはずだ。 俺も中学の時はお前と同じように毎日に退屈してたんだと思う。 でも今は違う…。お前といるのが楽しくて仕方がないだよ!」 言いたいことは全部言ってやった。 「ほ、ほんとなの?」 ハルヒが目の周りを赤くして言った。 「あぁ本当だ!」 「う、うそだったら死刑よ!?」 「残念だが死刑にはなりそうにない。」 ハルヒは再び泣き出した。 「泣いてるのか?ハルヒ?」 からかうように言ってやった。 「泣いてるわよ!あんたがやさしすぎるから!」 「なんだそりゃ?」 二人の間に自然と笑みがこぼれる。 「……ねぇキョン」 笑いがおさまると同時にハルヒが言ってきた。 「なんだ?」 「一つワガママ言ってもいい?」 「おう、なんだ?俺のできる範囲でな?」 「キスして欲しい…」 ハルヒの顔は今日最大の赤さだった。 やばいやばいやばいかわいいぞ!? 俺は焦っていたが、ふとあることに気付きハルヒに質問を投げ掛けた。 「お前酔ってないのか?」本来酔っぱらいには「酔っているか?」という質問は禁止なのだが、 俺にはハルヒが今酔ってる様には見えなかったのだ。 ハルヒは急にそわそわしだし、息を飲んでから白状した。 「え~っとね、正直途中までは酔っててあんまり記憶にないんだけど、 途中からなんだか頭がスーっとしてって少し頭がグルグルするぐらいになったのよ」 「途中ってどのあたりだ?」 「よくわかんないだけど、気付いたらあんたに抱き締められてて、 あんたが「違う…」とか言ってたの…。 なにが違うんだろうとか思ったけどあんたの腕の中が気持ち良くて、ボーっとしてたらあんたが好きだって言ってくれて、 そこからはハッキリ覚えてるのよ///」 「つまりハルヒは自分の告白は覚えてなくて、俺の…こ、告白は覚えてるってことか?」 なんて都合のいい奴なんだろう… 俺がそう思っていると、 またまた顔を赤くしたハルヒが顔を押さえて言った。「え、じゃ、じゃあ夢かと思って言ってた告白は全部現実だったの!?」 「夢だと思ってたのか?」俺の言葉により、自分が確かに俺に告白したことを確認すると、ハルヒは俺の胸に顔をうずめて 「顔から血がでるほど恥ずかしい!」 などと叫んでいる。 あえて血ではなく火だろうという突っ込みはいれなかった。 ただ俺の腕の中で悶えるハルヒの頭を撫でながら言った。 「でもあれがハルヒの本音でいいんだよな?」 ハルヒは顔を上げずに、耳まで真っ赤にして、うんと一度だけ頷いた。 「うれしかったぞ」 と言い、ハルヒは恥ずかしいらしく少し嫌がったが、顔を上げさせ、 そっと口づけた。 二回目のキスは大人の味がした・・・ キスしたあと興奮して酔いが再び回ったのか、 ハルヒはパタリと倒れ込み寝てしまった。 俺は起こさないようにハルヒをベッドに運び、寝かせてやった。 あまりに寝顔がかわいいのでしばらく見ていると 「…キョン……すき…」 とハルヒが嬉しい寝言を言ってくれた。 俺は抱きつきたくなる衝動を押さえて、タンスに向かった。 え?なんでかって? こんなかわいい彼女がいるのに、あんな物持ってたらハルヒに怒られちまうからな。 この秘蔵のビデオや雑誌はエロ谷口にでも売ってやるつもりだ。 朝起きるとまだハルヒは寝ていた。 そんなに口開けて寝やがってだらしない奴だ。 でも裏を返せば信頼されてるってことなのだろうか? 「せっかくだから寝顔でも撮っておくか…」 と呟き、携帯を取り出すとハルヒが起きた。 少々残念だが仕方ない。 「よっ!元気か?」 と俺が挨拶すると、寝癖のついた髪に重そうな瞼であたりを見回し、 昨日のことを思いだし顔を赤くして言った 「へ、変なことしてないでしょうね!?」 一言めからいつも通りのハルヒがおかしくて俺は笑って言った。 「何かして欲しかったのか?」 「バ、バカキョン…///」 いつもと違うトーンで言われたため俺まで体が熱くなってくる。 「団長命令よ。水を持ってきなさい!」 ハルヒも熱いのだろう 「はいはい」 と水を取りに行こうと廊下に出ようとすると、 「そ、それから!」 ハルヒが叫んだ。 そんなに声を張らなくても聞こえるんだがな。 「ん?なんだ?」 俺が聞くと 長門ばりの小さな声で 「もう一回キスして…」 と言ったのを俺は聞き逃さなかった…… 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_wiki/pages/3.html
2006年4月よりKBS京都他より毎週月曜深夜1 30から放送中。 しかし、俺の場合、学校があるので、毎週ビデオで録画して見ます。 あらすじ(全14話) 第1話「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」(春休みのため深夜に見れた) 第2話「涼宮ハルヒの憂鬱 Ⅰ」(ビデオで録画済み) 第3話「涼宮ハルヒの憂鬱 Ⅱ」(ビデオで録画済み) 第4話「涼宮ハルヒの退屈」(ビデオで録画済み) 第5話「涼宮ハルヒの憂鬱 Ⅲ」(ビデオで録画済み) 第6話「孤島症候群(前編)」(ビデオで録画済み) 第7話「ミステリックサイン」(ビデオで録画済み) 第8話「孤島症候群(後編)」(ビデオで録画予定) 涼宮ハルヒの憂鬱公式サイト あぁ~、早く第8話みたいなぁ! -- もっちー (2006-05-14 20 58 54) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4117.html
「いやーすっかり遅くなっちゃったわね」 全くだ。現在時刻、午後9時半。部活にしては遅すぎるぜ。 朝比奈さんなんかさっきからあくびをかみ殺してばかりだ。ふぁあ。あくびうつった。 とりあえず、早く帰って休もうぜ。明日休みとは言え疲れをためるのは良くない。 「わかってるわよ!…キョン、古泉くん!」 何だ。 「何です?」 「女子をそれぞれの家に送りなさい!こんな時間に女の子が一人で歩いたら危険よ!」 あのなハルヒ、こんな時間になったのはお前が… 「わかりました。ここから一番近いのは長門さんの家ですね」 「じゃあみんなで有希の家へゴー!スパイダーマン♪スパイダーマン♪」 近所迷惑になるからスパイダーマンのテーマ(エアロスミス)歌うな。 「ぅう…暗いですね…」 すみません朝比奈さん、俺がついてますから…本当だったら真っ先にあなたを… 「…キョン」 何だよ… --------- 何となく喋りながら歩き、ほどなく長門のマンションに着いた。 まだ更に朝比奈さんの家・ハルヒの家へと行かなけりゃならん事を考えると少々気が滅入るがまぁ仕方ない。 じゃあな長門。また学校でな。 「………」 「どうしたの有希?」 マンションの門で立ち止まったままの長門に、ハルヒが問い掛ける。 確かに様子がおかしいな。どうしたんだ? 「…あそこ」 「…ぁあっ!ひぃい…」 長門の視線が指す先を俺が見る前に朝比奈さんの悲鳴が夜の住宅地に響いた。 おいおい…あれは… 「おやおや…これは」 おやおやって…お前な… 「キョ、キョン!何なのあれ!」 俺に聞くな!俺にはアレにしか見えんが… 「…有機生命体の言語で言うなら」 待て待て。俺は認めたくないんだ。何かの間違いだ。特撮だ。 「あれは幽霊」 ……はぁ… 「ふみゅう。。。」 崩れ落ちる朝比奈さんを古泉と支えながら、長門に尋ねる。 マジで言ってるのか?幽霊なんてホントにいるのかよ。 「いるじゃない実際に!あたしだってそりゃ100%信じてたわけじゃないけど、 幽霊なんていないって言うならアレは何よ!」 確かにハルヒが指差す先には、中学生くらいの女の子が… その…何だ。浮いてるんだ。宙に。 それに俺は長門に聞いてるんだ。なぁ長門、本当に幽霊なんか… 「…あなたは誰?」 …は?何故それを俺に向かって言うんだ?聞くならアッチだろ? 「あなたに聞きたい。答えて。」 …何か意図するところがあるみたいだな。 俺は俺だ。これでいいか長門。 「いい。次の質問」 ……… 「なぜあなたはあなただと言い切れる?」 ……解らん。 「降りてきなさーい!あんたに聞きたいことがあるのよ!」 向こうでハルヒが拳を振り上げ何やらきゃいきゃい騒いでいるがとりあえず無視する。 「…自意識という情報があるから」 「自分、という概念」 「その情報はとても大事」 「それが確立していないとヒトは自他の境界線を失う」 「だから自意識の情報には強固なセキュリティがかかっている」 「普通死後は全ての情報が破棄されるが自意識の情報はそのセキュリティのせいで残る事がある」 「それが幽霊」 要するに、自意識情報が魂みたいなもんで死後に残ってしまうといわゆる幽霊になるってわけか? 「そう」 なるほどな… 情報統合思念体なんてものの存在を知った今じゃ、 幽霊が完全削除するのを忘れてゴミ箱フォルダに残ったデータだ、 とかいう突拍子もない話の方が、もっともらしい心霊番組よりよほど信じられる。 「キョン!あんたさっきから人を無視して!」 …あぁ、すまん。 「あいつ捕まえるわよ!」 幽霊をどうやって捕まえるって言うんだ! 「頑張るのよ!」 「そうですよ。努力は時に天才を打ち負かすものです」 …古泉を本気で殺したいと思ったのは初めてだ。いや初めてか…?まぁいい。 あのなお前ら、 「あっ!消えた!」 なにっ? さっきまでヤツがいた所を見ると…確かに消えていた。 あぁ…俺の頭にわずかに残っていた特撮説も、一緒に消えちまった。 一般人よりもちょっとばかり超常現象に耐性がついてる俺は、 幽霊が消えた事に驚くよりもさっきから最高の笑みを崩さずこっちを見ているハルヒが、 次に言うだろうセリフを予測しうんざりしていた。 「探すわよ!」 ってな。…まぁいいが、 探しに行く前に、朝比奈さんを起こさないとダメだろ。 「そうね。みくるちゃん起きなさい。気絶なんかしてる場合じゃないわよ」 「う…ん…」 俺の腕の中でかわいらしい声を出す朝比奈さん。 自制しなければ…ってうわぁ! 「……」 いきなりがばっと立ち上がった朝比奈さんは、黙ったまま俺達に視線を向けた。 「みくるちゃん…?」 「これは少々厄介ですね…」 どういう事だ古泉。 「朝比奈みくるの自意識情報が一時的ブランク状態である事を利用して入り込んだ」 …えっとつまり… 「朝比奈さんが気絶しているスキに幽霊が憑りついたということです」 「みくるちゃんが憑りつかれた!?凄いわみくるちゃん! 日頃から巫女さん衣装とか着せてるから霊媒体質になってたのかも!」 …何でそんなに嬉しそうなんだ。 しかし、ハルヒがいくらつねったり胸をつついたりしても無反応な事を考えるとどうやらマジらしい… 「あなたたち」 朝比奈さん(霊)が突然口を開いた。 「あなたたち、私が怖くないの…?」 朝比奈さん(霊)は、朝比奈さんの声で俺達に問い掛けてくる。 不思議と恐怖感は全くない。奇妙なものに遭遇するのにも慣れてきたしな。 「全然大丈夫!ところで、あんた名前は?」 「…ちひろ」 「ちひろちゃんね!どうしてあたし達の前に出て来たの? あと、憑りつくってどんな感じ? そうそう、どうやったら幽霊になれるの?」 朝比奈さん(霊)、どうやらちひろというらしいが… ハルヒのヤツ…幽霊に質問攻めとは… 「好ましくない状態」 長門が呟く。 「一つのフォルダに二つ自意識情報が入っている」 「このまま朝比奈みくるの自意識情報がブランク状態から復帰したら」 「…重大な人格障害を起こす危険がありますね」 「…そう」 人格障害…?まずいじゃないか。何とかならないのか…? 「入り込んだ自意識情報を削除すればいい」 「しかし、セキュリティはどうするんです?」 「外部操作によってセキュリティを解除する」 「正確には自ら解除させるよう仕向ける」 わかったぞ。つまり俺達が幽霊ちひろの未練みたいなのを取り払ってやれば、 セキュリティは解除されるって事だな? 「飲み込みが早いですね。驚きましたよ」 「私も驚いている。 こうも容易に理解することは予測していなかった」 ただ幽霊モノの基本を言っただけなんだが…なんかムカつくな… 長門まで… 「おーいあんたたち!」 俺達をそっちのけで朝比奈さん(霊)となにやら話していたハルヒが、彼女の手をひいてくる。 「ちひろちゃん、生きてた時に付き合ってたひとと話したいんだって!」 またベタな展開だが…いいのか、長門。 「…」コク 正直こんな時間に見ず知らずの人を訪ねるのはどうかと思うが、 朝比奈さんの事を考えれば仕方ない…か。 で、場所は分かってるのか? 「大丈夫。あの人の事はいつも感じているから」 幽霊ならではの能力ってわけか。 「形のない情報として存在しているから自他の境界線はない」 ふむ。 「だから他人を自分として認知することもできる」 頭が痛くなってきた…とにかく行こう。 「こっちです…」 俺達は朝比奈さん(霊)…ちひろについて歩く。 どうやら彼女の恋人の家は例の公園の方向にあるらしかった。 5分ほど歩いたところでふと、ちひろが足を止める。 「………」 …ここか。 「ここね!じゃあちゃっちゃと済ませましょう」 待て! 何普通にチャイム鳴らそうとしてるんだ。 「だって出て来てくれないと話せないじゃない」 あのな…今何時だと… 「…あの…」 …! 「何かご用ですか…?」 …この人は…まさか? ちひろの方へ視線を向けると、彼女は泣きだしそうな表情で呟いた。 「道弘くん…」 やっぱりそうか… 俺達の後ろからやって来た、不審な顔で問いかけてきたサラリーマン風の男。 この人がちひろの探していた人物らしい。 「…どこかでお会いしましたっけ…?」 「あの…私…」 「わからないむぐっ!まいむんももっ!」 何やらわめこうとしたハルヒの口を抑え、古泉と長門に目で合図を送る。 俺達は邪魔者だ。空気を読もうじゃないか。 しばらく遠巻きに見る事にしようと、場を離れかけた時だ。 「何だかわからないけど、制服姿でこんな時間にうろついてたら捕まるよ? 早く家に帰りなさい」 事情を知る俺達にはとてつもなく非情に響く言葉を残し、彼は玄関に歩いて行ってしまった。 「…無理もないですね…彼は何も知らないわけですから」 「話くらい聞いてもいいと思わない!?ふざけてるわ! これじゃあせっかくちひろちゃんが…」 ガチャン… ドアの音がこんなに冷たいとは知らなかったぜ。 「顔が違うだけでわかんないの!? 死んじゃったら忘れるなんて酷い男だわ!信じられない!」 『パパ…か…りーっ』 「いいちひろちゃん、あんな奴の事忘れなさい! もっとマシな男がきっと…」 しっ!ちょっと静かにしろ!今… 『ただい…ちひ…』 …ちひろが息を飲むのがわかる。 いや、息を飲んだのは俺だったのかもしれない。 『ちひろねぇ、パパがかえってくるのまってたんだよ』 『ありがとう。でも夜更かしはダメだぞ』 「「あ…」」 ちひろとハルヒの声が重なる。 「みなさん、こっちを見てください」 古泉が芝居がかったポーズで指し示しているのは… 表札。 そこにはこうあった。 木下 道弘 早紀 千日旅 「これは、何と読めばいいんでしょうね」 「…ち…ひろ…私と同じ…字で」 「これは珍しいですね。きっと出生届を出すときも一悶着あったでしょう。 わざわざこんな字を当てるなんてよほど思うところがあったんでしょうね」 …ハルヒは、驚きと悲しみが混ざり合ったようなよく解らん表情で表札を凝視している。 かくん、と朝比奈さんの体が崩れ落ちる。何とか支えられたが、こりゃ… 「…長門さん」 「彼女の自意識情報は削除された」 …成仏したってことか? 「そう」 「じゃああなたは涼宮さんをお願いします」 再び長門をマンションに送った後、俺と古泉はそれぞれ二手に別れて二人を送ることにした。 あの後ハルヒが終始無言だった事を懸念してるらしい。 懸念だけじゃなく対処もしてほしいんだがな。 「………」 どうしたんだ。黙ってるなんてらしくないじゃないか。 「死んじゃった後の事考えてたの」 …ふむ。 「そしたら…怖くなって…」 あぁ。誰もが体験する感覚だ。自分が死んだらどうなるのか考えて、勝手に恐怖を感じる。 死んだらもう何も感じないし、何も感じない事も感じない。 feel nothingどころかdon t feel nothing の状態になるって事を考えると確かに怖い。 でもなハルヒ、今日した体験で死んでも自意識情報…魂は残る事もあるって解ったじゃないか。 お前ほど自意識の強い奴なら、絶対に幽霊になれると思うぜ。 「当たり前じゃない。幽霊になる方法もちひろちゃんに聞いたし、 死んだら絶対に幽霊になってやるって思ったわ」 …じゃあ何が怖いんだ? 俺は今日の体験で逆に死への恐怖感が減ったくらいだ。ほんの少しだが。 「ちひろちゃんは結局、道弘くんと話せなかった」 …そうだな。でも彼はちひろの事を忘れてなかったじゃないか。 「すれ違いなのよ」 …何がだ? 「例えるなら車道ね。すれ違う時、限りなく近づくんだけど 交わることはないの。だって正面衝突しちゃうでしょ?」 お前まで分かりづらい例えをするようになったか。 要はちひろは道弘さんと話したいし、道弘さんはちひろの事を忘れていないけれど---- 「もう一度二人が会うことはできないってこと…」 …そうか……… 「その事だけじゃないわ。 …そもそも道弘くんがちひろちゃんの事を死んでしまった後も覚えてて、 娘に同じ名前をつけたのって愛してたからよね」 そうだろうな。 「あたしが死んだ時、誰かが同じ事してくれるのかなって考えたら… また怖くなって。」 ハルヒ… 「…あたし死んだらあんたのとこに化けて出るわ」 ……… えーっとこの脈絡でそういうこと言われると…どう反応していいか… 「何よ。イヤなの?」 いや、そういうわけじゃないんだが… お前より先に俺が死んだらどうするんだ? 「あたしのとこに化けて出ればいいじゃない!」 そうする為には俺も幽霊になる方法を知らなければならないんだが… …何赤くなってんだ? 「…すごく、好きな人がいればいいんだって…! もうここまででいいわ!ありがとう!気をつけて帰りなさい!じゃね!」 …はぁ。 何と言うか… 死ぬ時は一緒に…なんて考えちまった俺が憎いぜ。 一緒に幽霊になっちまえば、同じ車線にいるわけだからな。 …疲れてんのかな。明日も休みだし、帰って寝よう。 To ハルヒ Sub 幽霊の件 Txt どっちかが先に死ぬって考えるから怖いんじゃねーか? 例えばお前が先に死んでも忘れられないとは思うが… まぁちょっとした思い付きだ。俺は寝る。 Fm ハルヒ Sub Re 幽霊の件 Txt バカな事言ってないで早く寝なさい!明日9時集合だからね! To ハルヒ Sub Re Re 幽霊の件 Txt 明日は何もなしじゃなかったのか!? Fm ハルヒ Sub Re Re Re 幽霊の件 Txt 今決めたの! fin.
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3086.html
『想っている人との距離が縮まりそう―』 そんな朝の情報番組の占い結果を気にしつつ、校舎までの坂道を歩く。見慣れた風景だ。教室に入ると俺の後ろの席のハルヒに挨拶をするのがもう習慣になっているのだがどうも様子がおかしい。窓から空を眺めて溜息をついている。 原因は先日行われた学内模試の俺の結果が芳しくなく、放課後の補習に強制参加させられているためSOS団の活動を休んでいるせいか、と自ら解答を導きつつ声をかけた。 「よお、ハルヒ。おはよう。昨日も部室に行けなくてすまん」 「補習受けてるんでしょ。我がSOS団から成績不振者が出るなんて恥ずかしいわ」 「それが今日で終わるんだ。今日からは行けるぜ」 「・・・遅れたら罰金だからね」 そう言うとハルヒは再び目を窓の外にやった。いつもは暴走列車以上の活発ぶりをみせるハルヒだ。今日のような落ち着いた日があってもバチは当たるまい。そう思いながら俺は担任が来るのを待った。 連日の補習で頭を使いすぎたか、昼休みに俺は強烈な睡魔に襲われた。それは通常登場予定の空腹感の出番を奪い去る程のものだった。窓から容赦なく照りつける太陽も味方し、俺は深い眠りについた。その頃には朝の占いのことなど全く覚えてなどいなかった。 「ちょっと。もうすぐ授業始まるよ」 俺はその声で目を覚ました。その声は間違いなくハルヒではなかった。声を聞いて感じたのは違和感と恐怖。俺は反射的に机から身体を起こした。 「目は覚めた?次は教室移動だから早くしないと間に合わなくなるわよ」 目の前にいたのは―カナダに引っ越したことになっていて、俺のことを殺意をもって襲ってきた張本人の―朝倉涼子だった。 「ああ、そうだったな。ありがとよ」 朝倉はちょこっと頷いて待っていた数人の女子の輪に入って教室を出て行った。 またか。 またこんな世界になっちまったのか。長門も朝比奈さんも鶴屋さんも俺のことを知らず、ハルヒと古泉に至っては光陽園学院に通っている世界に。どうせこの教室にはハルヒはいないことになっているんだろう、過去の経験から狂ったように人に聞くのはやめよう、きっと解決策は見つかる。そう楽観視しながら教室を出た。 思っていた通り解決策はすぐに見つかった。放課後部室に行ったときのことだ。 文芸部の長門がいるはずだからノックをすると意外な返事が返ってきた。 「はぁい、どうぞ」 予想していなかった声が返ってきたので急いでドアを開けると、団長を除くSOS団が揃っていた。 「困ったことになりましたね」 状況を把握できないまま部室を見回している俺に最初に話しかけたのは古泉だった。お前は光陽園学院の生徒ではなかったか? 「皆あなたのことを知っていますよ。あの改変世界と今我々がいる改変世界は違います。前者の改変者は過去の長門さんでしたが、今回の改変者は涼宮さんです」 やはりな。今度は何故なんだ。 「涼宮さんは本気で世界を変えようとは思っていません。何か抱えている問題があるのでしょう。僕はてっきりあなたが答えを知っているものだと」 知るか。 「最近涼宮さんは部室にきてもパソコンをいじるか、溜息をつくかで今までの元気が無いのは明らかでした。教室では元気だったのですか」 確かに元気は無かった。もしかしたら俺の成績が悪いことが原因か。 「そうならあなたに勉強を教える等世界を改変しなくても解決できるでしょう。補習が終わるのは今日なのであなたがSOS団に参加できなかったことが原因であるのは考えにくい。予想ですが、涼宮さんは自分がいないとあなたはどうなるかを知りたいのだと思いますが・・・。結論を言うと、答えは彼女のみが知っているのですよ」 お前にとってはGod knows…か。ハルヒは何処にいるんだ。 「涼宮さんは閉鎖空間を作っています。ただ神人の出現が確認されていないので機関としては動きようがありません」 じゃあどうすればいいんだ。 「僕たちが出した結論はこうです。過去に涼宮さんが作り出した閉鎖空間に入ったことのあるあなたが再び閉鎖空間に入る」 俺はあんな所はもう嫌だ、と言いたいところだがそうは行かないみたいだな。でも、どうやって。 「以前あなたと涼宮さんだけの閉鎖空間に入ったときはどうしたのですか。それと同じ方法をとればいいのですよ」 方法も何もただ寝ただけなんだがな。 「では寝ればいいんですよ。涼宮さんは待っていると思われますから、場所はここがいいでしょう」 一つ我儘を言わせてもらえば朝比奈さんの天使の声で子守唄を歌って欲しい。でも今回は皆この部屋から出ていただくとありがたい。 「わかりました。僕たちは出ましょう。すべてはあなたにかかっていることを忘れないで下さいね」 「キョンくん・・・絶対帰ってきてね」 「・・・こっちで待ってる」 古泉はその日初めて見たニヤケ顔で、朝比奈さんは制服姿に天使の声で、長門はいつもの無表情でそう言うと部屋から出て行った。 一体ハルヒが抱えている問題って何だ?世界を変えてまで悩むことなのか。何で俺は気づかなかったんだ。いや、気づいていたが気づいていないフリをしていたのかもしれない。まあいい。閉鎖空間に行ったら思う存分聞いてやろう。多分俺にしか聞けない悩みだから閉鎖空間を作ったんだろう・・・そんなことを考えていたら昼に十分すぎる睡眠をとったはずなのにまた眠りについていた― 背中にコンクリートの硬い感覚を覚える。俺は前と同じ場所に寝ている。 目を開ける。灰色の空。静かすぎて灰色の空に吸い込まれるような感覚になる。 何度来ても嫌だな。この不気味な空間は。 俺は部室へ向かう。危機管理が全くなっていないのかと思うほど昇降口は簡単に開いた。この様子だと部室の鍵も開いている。そこでハルヒは待っている。 そんな確信と共に部室への道を駆けていった。 部室は唯一電気が点いており、やはりここかと安心した。 よく考えると今日二回目の入室だな。一回も出てないのに。 俺はドアを開けた。部屋の奥には窓から外を眺めているハルヒがいた。 「ちょっと、キョン。何よこれ。どれも暗いじゃない」 「落ち着け。一度来たことがあるように感じないか」 「言われてみればそうかも・・・。ああ思い出した。けど思い出したくない悪夢だったわ」 俺も思い出したくはないが。それより俺が部室に入ってきたことに驚きはないのか。 「別に。来てくれると思っていたしね。何となくだけど」 ハルヒの声に元気が無いことに俺は閉鎖空間に来た目的を思い出した。 「なあ、ハルヒ。今朝元気が無かったみたいだったが何かあったのか」 「えっ・・べ、別に無いわよっ。いつもの私だったじゃない」 「俺もSOS団の一員だ。団長に元気があるか無いか位わかる。本当に何も無いのか。よかったら話を聞くぞ」 「・・・・・・・」 流れる沈黙。しまった、俺は地雷を踏んでしまったか。 ハルヒが口を開く。 「・・・実はね・・私・・・・」 ハルヒは少し涙目になっている。そんなに重い悩みなのか。 「好きな・・・人が・・出来たのよ・・・」 意外な悩みに俺は言葉を失った。 「でもっ・・私全っ然素直になれなくて・・・その人の前だと」 ハルヒは泣いている。俺はどう声をかけてよいか迷っていた。 「ハルヒ、前に告白は電話とかじゃなく直接言うべきだって言ってただろ。俺もそう思う。言うのなんて数秒で済むわけだし、思い切ってその人に告白した方がいいんじゃないか。勇気が出ない、素直になれないとかここで悶々としてても想いは伝わらないぞ。行動する前に悩むなんかハルヒらしくないしな」 我ながら恥ずかしいことを長々と言ってしまった。しかしこれが解決策だろう。ハルヒの想いなんぞ、ここで言う限り俺しか知ることは出来ない。俺以外には伝わらない。だから伝えなくてはいけないんだ。 次の瞬間、頭にある言葉が浮かんだ。 『想っている人との距離が縮まりそう―』 朝の占いだ。ま、まさか― 「グスッ・・・そうね。私らしくないわ。スパッと言えばいいのに何悩んでたんだろう。私の好きな人はね、そのっ・・うんと・・・キ、キョン、あんたなの・・・」 告白した瞬間ハルヒは再び泣いた。よほど勇気を振り絞ったのだろう。俺はその勇気に答えようとハルヒを抱きしめた。 「ハルヒ、気づかなくてすまん。ハルヒの想いは受け取ったよ」 ハルヒは俺の胸で涙を流しながら言った。 「・・・返事は?」 「あ、ああ。実は俺はハルヒが消えた夢を見たことがある。その夢で俺はハルヒがいないことでパニックになった。そこで俺は気づいた。俺にはハルヒがいないとダメだ。俺にはハルヒが必要だ。ハルヒ、俺もハルヒが好きだ。ずっと一緒にいよう」 二人しかいない部室。ハルヒは涙を拭き、抱きしめてきた。俺も力を入れる。長い時間が流れる。 「なあ、そろそろあっちの世界に帰ろう。皆待ってるぞ」 「そうね・・・。あっ、戻る方法覚えてる?」 「ん・・・ああ、覚えているよ」 俺はハルヒの唇に自分の唇を重ねた。 気づいたら俺は部室の長机に突っ伏して寝ていた。ハルヒはいつもの場所に同じく突っ伏して寝ていた。 まもなく6時になる。下校の放送がかかる前に帰ろうとハルヒを起こした。 「おい、ハルヒ。起きろ」 「ん・・・ぅあ。がっ!」 ハルヒは驚いたか顔で俺を見るとすぐ目を逸らした。 「恥ずかしい夢を見たんだけど・・・。あれを夢で終わらせたらいけないと思う。ねぇ、キョン。私―」 「ハルヒ、夢の中で俺はOKをした。それでいいじゃないか。俺はハルヒのことが好きだ」 「・・・恥ずかしいこといってバカじゃないの・・///でも、嬉しい。私も好きだよ、キョン」 そんなことを話しながら俺たちは帰った。 空で輝く月の下繋いでいたハルヒの手は暖かかった。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6044.html
ハルヒ「レジェンズを探しに行くわよ!キョン!」 キョン「一体なんだ、そのレジェンズとか言うやつは」 ハルヒ「まあ、レジェンズについて知りたかったらウィキペディアを見るといいわ!」 俺が確信を持って言えるのは夏休みの時、レジェンズ 甦る竜王伝説 というアニメが再放送されていたということだ。 妹はきゃあきゃあ言いながら見ていたが、ハルヒときたらわざわざいるはずもないウインドラゴンやらを探そうというのだ。 あのアニメがこの地区で再放送されなきゃ良かったと思った、わざわざ特番組むなよテレビ局。 ハルヒ「何ブツブツいってるの?言っとくけど、本物を見つけるまで探すのよ!」 キョン「やれやれ」 みくる「キョン君、れじぇんずってなんですかぁ?」 キョン「ああ、それはですね・・・」 俺は朝比奈さんにレジェンズをウィキペディアで教えてあげた、シロンやランシーンといった、レジェンズの画像も見せてあげた。 朝比奈さんはシロンとランシーンをみるなり、 みくる「ふぇぇぇ、過去にはこんなモンスターがいたんですかぁ?」 キョン「大丈夫ですよ、これは単なるおもちゃやアニメの中での話です」 みくる「ふぅ、よかったです」 ハルヒ「ちょっと!みくるちゃんにいないなんて言わないでよ!本物がいるかもしれないじゃない!」 いたらそれでいて永久にソウルドールの中で眠っていてもらいたいね。 古泉「でも、いないという可能性は否定できませんよ」 さらっとそういうことを言うな。 古泉「涼宮さんは願望を実現する能力があります、もし彼女がレジェンズがいて欲しいと願ったら・・・」 キョン「バカな、俺も子供のころ一時期レジェンズにハマったが、今じゃあんな物によく興味が沸いたな、と思ってるさ」 俺が古泉とこそこそ話しているのに気付かなかったのか、ハルヒはカバンから何やらゴソゴソと取りだしたのはなんとあのレジェンズを召喚する為の道具、タリスポッドだった、どこで見つけてきた、そんなもの。 ハルヒ「リサイクルショップで500円で買ってきたのよ、大丈夫よ、ちゃんと人数分あるから!」 どこが大丈夫なんだ。 ハルヒ「いい?レジェンズはソウルドールという結晶に封印されているのよ、たぶんそれは何処かに封印されていると思うから、次の土曜日に駅前に集合ね!」 俺は貰ったというより、押しつけられたと言ったほうがいいタリスポッドをカバンの一番奥に入れて、そのまま部室を後にしようとした、が、俺の制服の裾を、長門が引っ張っていた。 キョン「どうした?長門?」 長門「レジェンズは実在する」 キョン「ま、まさか、長門、お前最近ゲームにハマってきたからって、それはないだろう」 長門「いる」 俺は長門の、「いる」という言葉にビビった、確かに、長門は幾度もなく俺のピンチを救ってきた、こいつがいると言ったら、ホントにいるような気がしてならない。 キョン「まあ、探してみていないか調べるぞ」 長門「・・・・・・」 気のせいだろうか、長門の顔が少し寂しそうに見えた。 そして、土曜日がやってきた!・・・・・・来なくてもいいのに。 俺は約束通り駅前に集合した、案の定。 ハルヒ「遅い、罰金」 一番遅いのは俺だった、どうやったらこの三人より先に来れるのだろうか、それが知りたい。 そして、じゃんけんで班を決めた、俺はハルヒと一緒の班で、後の三人はその三人で班になった。 俺はハルヒに連れられ神社にやってきた、何故神社なんだ。 ハルヒ「ソウルドールって、案外簡単に落ちてる物じゃないのよ、こういう所に封印されている事が多いのよ」 この神社は何時からレジェンズ封印されているソウルドールの在りかになったのだ、ここはただの神社のはずだぞ。 そして、30分も探したが、神社にソウルドールは無かったようだ、当たり前だが、そんなもんが封印されてたら今頃誰かが取っていってるはずだ。 ハルヒ「おっかしいな」 石の上で跳ねながらそう言った。 キョン「諦めて帰ろうぜ」 ハルヒ「はぁ!?やる気あんの!?」 キョン「やる気とか、そういう問題じゃないだろう」 ハルヒ「せっかくタリスポッドを買ってきたのに」 キョン「俺・・・帰っていいか?」 ハルヒ「もう一か所だけ、探してないところを探してみる」 しょうがない、もう少し付き合ってやるか。 ハルヒに連れられて来たのは、神社の裏にあった小さな祠だった。まさかその祠の中を探すんじゃないだろうな。 ハルヒ「ここに無かったら来週もやってやるわ」 来週もやるのかよ。 ギィーと古臭そうな音がして、祠の扉はたやすく開いた。 ハルヒは嬉しそうに飛び上がり、 ハルヒ「見つけたわ!ソウルドールよ!」 俺はこんな所におもちゃを置いた奴を憎むね、誰かが隠して忘れただけだろ。 ハルヒ「はい、これはあんたにあげるわ、あたしは他のを探すわ」 こんなもんを押し付けられても俺は嬉しくもないぞ。 ハルヒと言おうと思った時、ハルヒが俺を殴った。 キョン「何をす」 ると言おうとした時、ナイフが後ろの木に刺さった、誰だ、こんな物騒な物を投げたのは。ともかく、ハルヒには今回だけは感謝しよう。 そこにいたのは、思いもよらない人物だった。 朝倉「おしいわね、もう少しでそのソウルドールはあたしの物だったのに」 死んだはずの朝倉涼子がそこにいた、いや待て、この状況は何だ? ハルヒ「キョン!絶対にそのソウルドールは渡さないでね!」 こんな物を欲しがるのに何故俺を殺そうとした、朝倉は甦った時に気が狂ったのか? 朝倉「そのレジェンズは貴女達にはもったいないわ、あたしが使う」 キョン(ダメだこいつ・・・早くなんとかしないと・・・) ハルヒ「キョン!あんたのタリスポッドでレジェンズを召喚しなさい!きっと勝てるわ!それと、召喚する時はリボーンと言って、戻す時はカムバックと言うのよ!」 召喚など出来るはずも無いと思ったが、一応やることにした、ハルヒのご機嫌を損ねたら閉鎖空間が出来てしまうからな。 キョン「リボーォォォン!」 俺は何も出てこないというオチを期待していたのだが、そうもいかなかったようだ。 キョン「!?」 ハルヒ「!?」 朝倉「な、なんですって・・・」 俺のタリスポッドから召喚されたのは、飛行帽を被り、宝石がついた手袋をはめた、純白の羽を持つドラゴン・・・。 ウインドラゴンのシロンだった。 続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/862.html
涼宮ハルヒの追憶 chapter.0-Birthday- 涼宮ハルヒの追憶 chapter.1 -call pastrain- 涼宮ハルヒの追憶 chapter.2 -cruelgirl sbeauty- 涼宮ハルヒの追憶 chapter.3 -VeryMerryHappy- 涼宮ハルヒの追憶 chapter.4 -AirReason- 涼宮ハルヒの追憶 chapter.5 -MagicalRomanticFreestyle- 涼宮ハルヒの追憶 chapter.6 -We aretheMassacre- 涼宮ハルヒの追憶 Intermission -allimperfectlove song- 涼宮ハルヒの追憶 Intermission-daydreamloveletter- 涼宮ハルヒの追憶 Intermission -breathcannotescape wall-
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/554.html
ねぇ、キョン。 ねぇ、キョン、返事をして? ねぇ、キョン・・・。 聞いて、あたしの話を聞いて。 キョン! ねぇ、キョン。 あなたはあたしを裏切らないよね? ハルヒの声がした。 ハルヒが俺の名前を呼んでいる。 どうしたんだハルヒ? 目を開けて起き上がると、そこは色も音も無いただ真っ黒な空間に俺は居た。 見渡すほどの広さも感じられない。ただ黒一色の空間。 足元もフワフワとして、まるで星一つ無い宇宙空間に放り出されたようだ。 俺は確かベッドで眠っていたはずだ。それがどうしてこんな場所に居るんだ? まさか例の閉鎖空間とやらに呼ばれてしまったのだろうか。 なら、ハルヒもこの場所に居るはずだ。どこにいるんだ、ハルヒ。 「ハルヒ!」 ハルヒの名前を呼ぶ。だが返事は無い。 ハルヒの声がして、この妙な空間・・・閉鎖空間だと思ったが違うのか? なら、例の急進派か? 「ハルヒ!おい、返事をしてくれ!ハルヒ!」 もう一度ハルヒを呼ぶ。・・・やはり、返事は無い。 キョン! キョン! キョン! どうして返事をしてくれないの? ・・・・。 ・・・・。 ・・・。 キ ョ ン ! ! 『・・・ョ・・・ン・・・・・キョ・・・・!・・・・ョ・・・』 微かに、だが確かにハルヒの声が聞こえた。やっぱりハルヒはここにいるのか? 「ハルヒーーーっ!!ハルヒ!!どこだ、おーい!!」 大声を出してハルヒの名前を呼ぶ。だが一向に返事は無い。 ・・・どうなっているんだ?ハルヒじゃないなら長門、古泉の誰でも良い。返事をしてくれ。 『 キ ョ ン ! ! 』 突然、この空間全体が揺れるほど大きい声で俺の名前が叫ばれた。 実際、 ず ず ず ず ず ず どっ どっ どっ と辺りが激しくゆれ出した。 ゆれ出した空間の一部が、ぐにゃりと歪む。 それはだんだんと色が付き、ますます歪みを増してゆく。 ぐにゃ その歪みは、だんだんと、ある人間の顔を模してゆく。 「・・・ハルヒ・・・・・・・!?」 空間に浮かんだ歪みは、ハルヒの顔になった。 その顔は笑って、俺を見下ろしている。 呆然とそれを見上げていると、また空間の一部から腕が二本飛び出して俺の体を無理矢理掴んだ。 つ か ま え た ぁ ! 大 好 き よ 、 キ ョ ン ! おわり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2180.html
『涼宮ハルヒのロバ』 プロローグ 社交的と内向的、楽天家と悲観論者、朝型と夜型、男と女。人類の分類基準は人それ ぞれだが、俺に言わせればそんなものは数十万年前からひとつしかない。 「引きずっていく奴」と「引きずられる奴」だ。 かくいう俺はもちろん後者であり、保育園から高校まで、自慢じゃないが「長」と 名のつくものには一度もなったことがない。そのかわり和の精神を貴ぶ正統派事なかれ 主義者として、わざわざリーダー役を買って出た御苦労様に逆らうということも滅多にない。 その怠惰で享楽的とも言える生き方はSOS団においても続いてきたわけで、高校入学以来 ハルヒという暴君に唯々諾々と従ってきた俺が突然反旗を翻す時がやってくるなどと 誰が予想したろう。けれども人間とは永遠の謎であり、かつまた無限の可能性を秘めた 存在でもあるわけで、神の啓示を携えた大天使は確かに俺の頭上に舞い降りたのだ。 昨夜の9時40分頃、晩メシ後の風呂につかっていた俺の頭に。フロイト先生もびっくり。 まあ、そうは言っても別にハルヒをリコールしようというわけではないし、SOS団を 乗っ取ろうというのでもない。そんな疲れる情熱は100万回生まれ変わっても俺の頭に わいてくるはずがない。そう、俺はただ妹のアンパンマンシャンプーで頭を洗いつつ スコッと決心したのだ。SOS団をやめよう、と。 Ⅰ.長門改造計画 なぜ急にそんな気になったのかと聞かれても困るし、理由はそれこそ山ほどあるのだが、 そのへんについてはおいおい話していこうと思う。今はただ、そう決心したとたんに俺の 心が開放感に満たされ、春風に舞うタンポポの綿毛のように軽くなったことだけ理解して もらえればいい。さすがに少しは寂しい気分になるかと思っていたのだが、こんなことなら もっと早く決断すればよかった、という感じだ。俺は自室のカレンダーに退団宣言から 退団まで、推定五日間に及ぶ大計画表を一気に書き上げ、その最終日に「自由解放記念日」と 大書きして赤丸で囲んだ。この世を去るまでの幾歳月、親の名前は忘れても俺がこの日を 忘れることはないであろう。うむ。それから歯を磨いて寝ちまったのだが、翌朝むっくり 起き上がるとそのまま計画表に直行し、項目をひとつ書き加えた。アメリカのビジネス エリートは就寝前に明日の予定に目を通すそうだが、歓喜の興奮状態から醒めた脳は 睡眠中も活動を続けていたらしく、退団決行前にすませておきたいことをひとつ思い 出したからだ。 SOS団を去る前に俺がすませておきたかったこと。ちょっとした心残り。それは朝比奈 さんの次期コスプレ衣装の選定、ではなく(その件に関しては『退団後も院政を敷き影の 影響力をふるう』と計画表にある)、SOS団でもっとも頼りになり、かつなんとなく危なっか しいヤツ、つまり長門だった。初めてこいつに会った時から、俺にはどうも納得のいかない ことがひとつあったのだ。けれども俺の「長門改造計画」の実現には、ある人物の協力が 不可欠だった。短気で強引で自己中心的だが、行動力だけは十人前。SOS団メンバーの 誰ひとり正面切ってまともに逆らえない奴。そう、あの悪夢の三日間はある大安吉日の 放課後、そいつに声をかけることからはじまったのだ。 「ハルヒ、おまえ長門の家に行ったことあるか?」 「ないけど、何?」 「今からあいつんちに本返しに行くんだが、おまえちょっとつきあわないか」 「そんなの明日学校で返せばいいじゃない。なんであたしがつきあわなくちゃ なんないのよ」 「又借りしてる本の返却日が明日なんで、今日返さないとまずいんだよ。嫌ならいいが、 長門の部屋にあいつと二人きりだとなあ……」 「スケベ」 「じゃなくて、間がもたん」 ハルヒは妙に納得した様子で、ぶつぶつ言いながらも結局ついてくることになった。 お礼に夕食おごれだの、何でそこまでだの、まるで仲良し高校生カップルのような微笑ましい 会話を続けつつ長門のマンションにたどりつくと、部屋の主はふだんより0.5mmも大きく 見開いた目で「激しい驚き」を表現しつつ俺たちを迎え入れた。通されたのは最初に 宇宙人の告白を聞いた時と同じ、コタツがひとつきりの殺風景な居間だ。一応訪問の口実 にした本も持ってはきたが、返却日が明日というのは真っ赤な嘘なので、長門は俺たちの 突然の来訪の理由がわからなかったに違いない。普通なら「どうしたの? 何か用?」と 聞くところだが、こういう時には滅多に自分から話しかけようとしない長門の習性が ありがたい。物問いたげな瞳に気づかぬふりをして出された茶をすすっていると、 トイレ経由で居間に到着した人間爆弾の声が響き渡った。 「何これ? 有希ってば、どっか引っ越すの?」 「いや、聞いてないな」 「だって、じゃあ、何よこの部屋? 空っぽじゃない」 「よけいなものを置かない主義なんだろ。シンプルでけっこうじゃないか」 「バカ。カーテンもない部屋で、どうやって着替えるのよ。だいたい有希、なんで家で 制服着てるわけ?」 「俺は別に異存はないぞ。なんなら制服のまま布団に入ったっていい。それはそれで風情が あるというもんだ」 「変態。あんたの趣味なんか聞いてないわよ!」 俺の背中に蹴りを入れると、ハルヒはそのまま他人の家のガサ入れに入った。悠然と 茶をすする俺と「何これ!」「信じられない!」とドアを開けるたびに叫ぶ刑事を交互に 見ながら長門は困惑の度を深めているようだ。3杯目のお茶を飲み干した頃ようやく 戻ってきたハルヒはすっかり冷たくなった湯飲みを一気にあけ、有無を言わさぬ調子で 宣言した。 「いつまで飲んでんの、キョン! 出かけるわよ! 有希もほら、支度して!」 「出かける? どこへ? 俺、そろそろ帰りたいんだが……」 「買い物よ、買い物。ぶつぶつ言わずに窓の寸法はかって! ぐずぐずしてると店が 閉まっちゃうじゃない。夕食は外で食べればいいわ。デパート探検の経費として、 特別に部費から出したげる」 何が特別だ、おまえも食うくせに。まさかその調子でしょっちゅうどこかの「探検経費」を 捻出してるんじゃないだろうな。 部屋の寸法をなぜかすべてミリ単位で正確に記憶していた主のおかげで準備は一瞬で 終わり、ハルヒは俺と長門をタクシーにひきずりこんで駅前のデパートに乗りこんだ。 その後俺に課せられた肉体労働については正直あまり思い出したくない。ピンクのパジャマに ドライヤーはいいとして、速乾性タオルにアイロンに体重計、洗濯ネットに姿見に…… 睫毛はさみ器? 女子高生の一人暮らしにあんなにモノが必要とは思わなかった。 「こらこらこら、手伝うのはいいが、金出すのは長門だぞ。そんないっぺんに買えるわけ ないだろうが」 「うるさいわね、だからタオルは私が買ったじゃない。あんた、有希があんな殺風景な 部屋に住んでて平気なの?」 「だからもう十分だろうが!」 「まだ半分よ!」 「だいじょうぶ、この国の紙幣を再構成するのは」 言うな長門、言うなそれ以上。俺はまだネットに実名を晒されたくない。 どんどん増えていく手提げ袋の重さにあえぎながらも、俺は花柄の座布団に座った情報 統合思念体がキティちゃんのカップで茶をすする様子を想像して持ちこたえた。そう、 俺はこの長門のボスにあたる奴がどうも好きになれないのだ。長門を人間「ぽく」作りながら、 人間らしい感情を持つことを渋っているように見えるケチな根性がどうにも気にくわない。 そいつがもしスタートレックのスポックみたいな奴なら仕方ないが、そうでなければピンクの パジャマで茶を運んできた長門を見て少しはあわてろ、そして反省しろと言いたいのだ。 もちろん長門家の会話がコタツを介して行われるはずがないのはわかっている。けれども 普通の女子高生のような部屋に住むことで、せめて長門には感じてほしいのだ。未来から 来たネコ型ロボットがドラ焼きに固執していいなら、「超高性能ヒューマノイド型インター フェース」はもっともっとワガママに生きていいはずだ、ということを。 長大な買物リストを手にデパート中を走り回ってパジャマからスリッパまで一通り 買いそろえたハルヒは両手一杯の荷物にあえぐ俺を尻目に涼しい顔でのたまった。 「できればトースターも欲しいとこだけど……いいわ。ロバが貧弱だから、それはまた 今度ね。最後にぬいぐるみだけ買って帰りましょ」 誰がロバだ。貧弱で悪かったな。おまけになんだって? ぬいぐるみ? それのどこが 必需品だ! すでに前方視界の確保さえままならないというのに、このうえどうやって そんなかさばるものを持てと言うのだ! ……しかしまあ、谷口ランキングによれば 長門も一応Aランクの美少女なわけで、ピンクのパジャマでテディーベアを抱きしめる 長門というのも、それはそれでいいかもしれ……。ハルヒの冷たい視線に気づいた俺は あわてて長門に耳打ちした。 「すまん。何でもいいからひとつ買ってやってくれ。なんならふたつでもいいぞ。 金は俺が出すから」 「何よキョン、そんなにお金余ってるなら、私にも何か買いなさいよ」 「おまえには朝比奈さんという等身大着せ替え人形があるだろうが!」 玩具売り場へ移動をはじめたSOS団分隊はしかし、寝具コーナーの前で早くも停止した。 なぜかそこにそれらしき動物集団を発見したからだ。いつものようになぜか俺に指示をあおぐ かのような視線を向ける長門に大きくうなずいてやる。餅にしか見えない犬だのボールにしか 見えないヒヨコだのの前で長考に入るかと思われた長門は、意外に早くひとつのぬいぐるみを 選び出した。不恰好な棒のように見えたそれは、どうやらキリンらしい。まぬけな顔と長い 首の下に、頭とさして変わらないサイズの胴と申し訳程度の足がついている。値札には抱き枕 とあるが、正直テディーベアとはかなりひらきがある。 「何この顔、バカみたい。有希、本当にこんなの欲しいの?」 その意見には完全同意だが、他人が気に入ったものをバカ呼ばわりするな。 「これでいいんだな?」 「いい」 小さな身体で巨大なキリンを抱きかかえた長門(想像してくれ)と共にレジへ向かうと、 なぜかハルヒが同じものを持ってついてくる。 「あたしにも買ってよ、このバカキリン。いいでしょ、それぐらい。半日つきあったのよ」 「しつこいな。バカバカ言う奴に買われちゃキリンが迷惑だ。シッシッ!」 ご機嫌斜めを通り越して垂直爆撃に移ったハルヒは自分が持っていた袋まで俺に押し つけてさっさと出口へ歩き出したが、正義の信念に貫かれた俺は甲子園出場が危ぶまれる ような部内イジメにもひるまなかった。朝比奈さんの悩殺ショット流出未遂事件を思い おこすまでもなく、ハルヒの機嫌が最悪になるのはあいつが完全に悪い時と決まっている。 もしかすると今晩あたり、キリンの星のお姫様が黄色いパジャマで恩返しに来るかも しれない。 (この子を怪物から救ってくださった御恩は一生忘れません) (いやあそんな、当然のことをしたまでですよ) (お礼に一晩、私を抱き枕に……) いかん、これでは谷口と同レベルだ。思わず思い描いたお姫様役が朝比奈さんという のも男子高校生として健全すぎる。怪物役のキャストが決定済なのはいいとしても。 買いもらしたものがあるというハルヒと出口で合流してデパートを出た俺たちは、近く のファミレスで夕食をすませ、戦利品の山をマンションに持ち帰った。時間が時間だった ので、小柄な長門のかわりにカーテンだけ吊って今日はこれでお開きである。買物の山の 前に立ちつくしてそれらをどう扱うべきか思案している様子の長門は、個々の品物の用途 についてはおおむね理解しているのだろう。そしておそらく、それらを無理やり長門の 部屋に持ちこんだ俺たちのおせっかいな行為の意味も。けれどもハルヒセレクトの青春 一人暮らしセットが万能端末である長門の生活をどれほど快適にしてくれるかは怪しい かぎりだ。コンビニ弁当を買ってたぐらいだから魔法のテーブルクロスは持ってないの だろうが、乾いた髪を一瞬で「再構成」できる長門にとって、ドライヤーなど使いにくい 肩たたきでしかないだろう。 「わかってるさ……」 思わず口をついて出た言葉に長門が顔を上げる。 「?」 「いや……なんでもない」 おまえの部屋をいくらピンク色に飾りたてても、それでおまえの心のリミッターを はずしてやれるわけじゃない。ピノキオが人間になれたのは、ゼペットじいさんの愛の おかげだ。そんなことはわかってる。でも今お前が接触している人間という奴は、実に 無力な存在なんだ。人間には1秒でギターをマスターすることもできなければ、椅子を ヤリに変えることもできない。そして誰かを傷つけずに、誰かに優しくしてやることも できないんだ。どんなにそいつの幸せを願っていてもな……。 律儀でストイックな長門にいつも助けられる一方の俺。結局、俺の計画はその負い目を 軽くしたいという自己満足でしかなかったのだろうか。けれどもマンションのドアが 閉まる直前、キリンを抱いたまま俺を見つめる少女は、かすかに「ありがとう」と ささやいたような気がした。 Ⅱ.退団宣言 SOS団脱退計画の第一段階をとりあえず無事終了させた俺は、その翌々日、ハルヒ以外の SOS団メンバー全員を駅前の喫茶店に呼び出した。自由参加の部活から俺が抜けることを ハルヒに拒否できるはずはないが、外堀から埋めておくに越したことはない。いわゆる 根回しというやつである。ハルヒは珍しく学校を休んでいたので本当は部室でやっても よかったのだが、授業を休んだハルヒが部活に来ないとも限らない。こうして喫茶店に 座っていてもいきなり窓から装甲車で突っこんでこないか心配なぐらいだ。いつも市内 探索の打ち合わせをしているテーブルには、急な召集にもかかわらず、ほどなく全員の顔が そろった。日頃団の活動に消極的な俺が召集をかけたことにメンバーは一様にとまどって いる様子。特大のメニューを囲んで談笑しつつ、ちらちらと順番に俺をふりかえる顔が なんとなく可笑しい。全員の飲み物を注文し、ついでに欠食児童の疑いが濃い長門に チョコレートパフェをとってやると、俺はソーダのグラスをマイクがわりに挨拶をはじめた。 「えー、本日はお忙しいところをお集まりいただき、誠にありがとうございました。 ただいまより『涼宮ハルヒ被害者友の会』第一回会合を行いたいと思います」 古泉と朝比奈さんが思わず顔を見合わせ、長門は俺を凝視する。 「被害者……友の会? ひょっとして僕たちもその会員なんでしょうか」 「そのとおり」 「わたしも? わたしもですか?」 「もちろんです、朝比奈さん。あなたは栄えある会員第一号、いや、この会自体が あなたのために存在すると言ってもいい」 「なるほど。それで? 本日の議題をお聞かせ願えますか?」 俺は胸を張ってこたえた。 「ズバリ、SOS団をいかにしてつぶすか」 「えーっ、つぶしちゃうんですかぁ? どうして、どうしてですか?」 古泉がくっくっといつもの含み笑いをはじめる。 「いや失礼。驚きました。まさかあなたがクーデターとは。さすがの涼宮さんも、あなた が造反をおこすとは夢にも思っていなかったでしょう」 朝比奈さんはかわいらしい唇をすぼめながら途方にくれ、長門はパフェのアイスを すくったまま凍りついている。唯一俺の言葉を本気にしていない様子の古泉に向き なおると、俺は続けた。 「なんとでも言え。俺は本気だ。SOS団は解散すべきだ。それもできるだけ早く。おまえは そう思わないのか、古泉。ハルヒの気まぐれで胡散臭い超能力者になるまでは、おまえも 普通の中学生だった。そうだな? 頭もよければ運動神経もよく、おまけにツラまで いいという人類の敵みたいな奴がハーレムも作らず毎日シケた部室で俺とゲームに 明け暮れているのはなぜだ? ハルヒとあいつの巨人のせいだろうが。あいつさえいなけりゃ おまえは今ごろ光陽園学院あたりでかわいい女の子に囲まれながら楽しい高校生活を送って いただろう。これが被害者でなくてなんだ?」 「朝比奈さん、あなたもそうです。ハルヒもうらやむ美貌と体型の持ち主であるあなたが 大事な青春時代を禁則事項とやらのために自由に彼氏も作れない時代で島流しになってる のはなぜです。みんなハルヒとSOS団のせいじゃないですか」 「長門。統合なんたら体に生み出されて3年というのが本当なら、おまえはまだよちよち 歩きの保育園児だ。『お空はどうして青いの?』なんて微笑ましい質問でパパを喜ばせ、 クマさんやゾウさんのぬいぐるみに囲まれて毎日全力で笑ったり泣いたりしているはずの おまえが、なぜママもパパも絵本もカーテンもない部屋でしこしこハルヒの監視役なんぞ やってる。て言うか、まずそのアイスを食べろ! たれてるぞ!」 「なるほど、お話はごもっともです。でも僕はこれでけっこう今の生活を楽しんでるんですが」 「そう言うと思った。おまえならそう言うだろう。おまえも長門も朝比奈さんも、 ハルヒの気まぐれから地球を守るという崇高な使命のため北校にいるんだからな。 しかし宇宙人と未来人と超能力者が寄ってたかってハルヒのご機嫌とりに明け暮れても、 それで平和が保たれるという保障はあるのか? 俺とハルヒがあの空間に閉じこめられた 時だって、帰ってこられたのは奇跡みたいなもんだ。あの気まぐれ団長が正真正銘、 混じりっけなしの普通人である俺の言うことをいつまでも素直に聞くとは思えんし、 俺も王子様役を無理やりやらされるのはもうごめんだ。第一、こんな独裁制はハルヒの ためにならない。あいつが将来銀行に押し入って朝比奈さんみたいな行員にナイフを つきつけ、『人質の命が惜しければ今すぐ宇宙人を出せ!』などと言いだしたらどうする? 支店長さんは警察と病院のどちらに電話するべきか、さぞかし悩むことだろう。あいつ だっていつかは退屈な世界と折り合いをつける方法を見つけなくちゃならないんだし、 その可能性はゼロじゃない」 「なるほど、わかってきました。つまりあれですね、この前のライブのことをおっしゃって るんですね」 ニヤけた顔して相変わらず鋭いやつだ。そういえばあの日、こいつは俺のとなりに いたっけか…。 「そう、あれも解決法のひとつかもしれん。あとで聞いたらハルヒのやつ、演奏してる間は けっこう充実感みたいなのを感じてたらしい。観客席で火星人の団体が縦ノリしてた わけでもないのに、だぞ。軽音部の連中がお礼に来たときのハルヒの顔を見せて やりたかったよ。まるで銭形警部に感謝状もらったルパンみたいにうろたえてたぞ……」 そう、すべてはあの日からはじまったのだ。雨宿りの学生で一杯の体育館で、突然 はじまったENOZの演奏。その思いがけないレベルの高さに浮かれて大騒ぎしている 北高生たちの中で、俺はただ呆然とハルヒを見つめていた。マイクに噛みつきそうな 顔で叫ぶように歌うハルヒ。驚くほど真剣な顔で歌い続けるハルヒを。そして周囲の 歓声をどこか遠い場所のものに感じながら、思い出していたのだ。ハルヒはいつだって 真剣だったことを。現実に譲歩して、その情熱の軌道をほんのちょっぴり修正する気に さえなれば、いつでもこの世界に歓声で迎えられる奴なのだということを。 「あいつの御機嫌をとるため、俺たちは今までがんばってきた。国連事務総長から御手製の 肩たたきサービス券、CIAとFSBから盗聴器つきの花束をもらってもいいぐらいにな。 しかしあいつのワガママを実現してやるのが本当にあいつのためになるのか? 俺たちは 何か勘違いをしてたんじゃないか? 最近のあいつを見ていると、SOS団のあることが かえってあいつの『更正』を邪魔しているような気さえする。たとえば長門が……って、 また長門に頼ることになるが……ハルヒと一緒に軽音に移ってくれれば、あいつもカタギの 人間として人生を楽しめるようになるかもしれない。映画スターでもツギハギ天才外科医でも 何でもいい。派手好きのあいつが気に入る商売が見つからないとも限らないだろう。高校を 出ればどのみちSOS団はなくなるんだし、俺たち全員がやめると言えば、いくらハルヒでも 解散するしかない。ちがうか?」 「お話はよくわかりました。わかりましたがしかし、正直賛成はしかねますね。あなたが 今言ったようなことは実際、『機関』も考えなかったわけではありません。でも残念ながら リスクが大きすぎる。それはあなたにもおわかりでしょう。涼宮さんが卒業した時点で サポートが不可能になるなら話は別ですが、僕たちのうちの『誰か』が彼女と同じ大学に 進んだとしても不思議はないし、我々の力でそれを実現するのは十分可能です」 恐ろしいことをさらりと言うな! おまえは魔女か! 「あなたと涼宮ハルヒの学力差を埋めることは不可能ではない。涼宮ハルヒがあなたに 合わせるのはさらに容易」 だからそういう問題じゃないと言うのに! 婉曲的表現もかえって痛いぞ! 不可能を 可能にするな! 「だって、キョンくん、だめです、そんなの。涼宮さんと別れてさみしくないんですか?」 別れるも何も、教室のあいつは俺の背後霊なんですよ朝比奈さん! 悪霊にとり憑かれた 人間が墓場のデートを控えようとしてるだけなんです! 俺は全身脱力した気分で椅子にくずれ落ちた。議論の行き詰まりを全員が感じ、 喫茶店に気まずい沈黙が流れる。……いいんですよ、朝比奈さん。そんなにおろおろ しなくても。すべては結局、ここにいない誰かのせいなんですから…… 「……ところで涼宮さんにはもうこの話を?」 「いや……明日学校で言うつもりだが」 「そうですか。それならすみませんが、少し待ってもらえませんか」 「なんだ、懐柔工作か? 時間稼ぎか? 言っとくが俺はもう」 「いえ、とんでもない。僕たちにあなたを引き留める権利はありませんよ。ただ 涼宮さんは今、少々加減が悪いのです。かなりタチの悪い風邪にかかったらしく、 体力が落ちている。できれば今はショックを与えたくないんです」 初めて聞く話に俺は少々戸惑った。あの原子力駆動娘が風邪なんかひくだろうか? 策士の古泉が言うことはイマイチ信用できない。歯磨きのCMみたいな嘘くさい笑顔の裏で また何か企んでるんじゃないだろうな……。けれどもちらりと目をやると、バナナ殲滅に 移行した長門は無言で小さく頷いた。 「わかった。ハルヒの病気が治るまでは言わない。それでいいか?」 「けっこうです」 結団以来の平和な会合ではあったが、ハルヒの抜けた善男善女の集まりが地球征服の計画で 盛り上がるはずもない。友の会の初会合は結局そのまま終わってしまい、俺はむくれた顔の まま喫茶店を後にした。もっとも、むくれた顔は半ばパフォーマンスで実際にはそれほど 気落ちしていたわけではない。異能者三人組がSOS団をやめるはずがないことは初めから わかっていた。SOS団をつぶそうと言ったのはハッタリで、ハルヒの「社会復帰」について 三人が少しでも考えてくれればそれでよかったのだ。けれどもハルヒが病気と聞かされた せいか、隠れて事を進めていることがなんとなく後ろめたい気もする。俺の退団について ハルヒがゴネるに違いないというのもある意味おごった考えなわけで、直接本人に言えば 案外あっさり承認されたかもしれないのだ。もっとも、それはそれでちょっと……。 自宅の前に立つ人影に俺が最後まで気づかなかったのは、そんな考え事に浸っていたせい かもしれない。 「おひさしぶりね、キョンくん」 「!」 にこやかな顔でそう言ったのは、俺の癒しの天使のパワーアップバージョン、 朝比奈さん(大)だったのだ。 「ごめんなさいね、いきなりで。今、ちょっといい?」 「いいですいいです、たくさんいいです。あなたに会えるなら風呂の最中だって エウレカですよ」 「それはちょっと困るかな……ふふ。なんだか怖い顔してたけど、あの会合の帰り?」 「そうです。その帰りです。でも知ってるんでしょう? と言うか覚えてますよね? ハルヒの病気のおかげで退団が伸びそうで、ちょっと焦ってるんです。もしかして 今日はその件ですか? それとも…… 朝比奈さんに会えるのはうれしいけど、 あなたが来てくれるのは何かある時ばかりだからなあ。もしハルヒ関係のことなら、 悪いけど今は遠慮したいんですが……」 「ふふふ、そうね。あの日のあなたもそんな感じだった。でも今日は涼宮さんと 言うよりあなたのために来たの。ちょっと座らない?」 朝比奈さんにすすめられるまま、俺は公園のベンチに腰をおろした。これがもし 普通のデートなら、カマドウマの集団がのし歩く公園でもハッピーなのだが……。 「あの日わたし、おろおろしちゃって何も言えなかったでしょ? でも心の中では ずっと思ってたの。今日のキョンくんはキョンくんらしくない。なんだかとっても 無理してるみたいって」 「そりゃ無理もしますよ。ハルヒというブラックホールから脱出しようとしてるん ですから」 「ダメよ、ダメ。お姉さんに嘘ついても」 朝比奈さんはそう言ってまた天使のような笑みを浮かべた。この朝比奈さんに言われると 身に覚えのないことでも全力でゴメンナサイしたくなる。たいして歳が離れてるわけでも ないだろうに、この人といると妙に心がなごむから不思議だ。しかしこの朝比奈さんにも やっぱり誤解されているような気がする。いつもの俺と違うというのはわからないでも ないが、つまりは窮鼠がネコを噛むかわりに示談をもちかけているだけなのだ。 「そうね、私も嘘つきかも。あなたがもうすぐまた涼宮さんをめぐる事件にまきこまれる のは本当。でもそれを乗り越えるには、あなたが自分で見つけなきゃいけないことが あるの。涼宮さんと、そしてあなた自身を救うために」 「なんだかいつも以上にややこしそうですね」 「ごめんなさい。これ以上は言えないの。でもひとつだけヒントをあげるね。どうしても わからなかったら、この言葉を思い出して。『風車の騎士』。それがあなた自身の言葉だった ことを。たぶん今夜、事件がおきる。そして誰かがあなたを迎えに来る。そこから逃げないで ほしいの。あなた自身のために」 「………」 金色の小さき鳥というやつがまた一枚、はらりと朝比奈さんの髪に落ちた。さらさらと 散っていく枯葉の軌跡は時間の流れだ。美しい人との逢瀬の時間という奴は、なぜこう いつも短いのだろう。 「……行ってしまうんでしょう?」 「そうね」 「他の時間の俺に謎をかけるために?」 「ふふふ」 「最後にひとつだけ聞いていいですか?」 「私に答えられることなら」 「3年後の高卒求人率ってどれぐらいですか?」 朝比奈さんはウインクしながら「メッ」という仕草をすると、その瞳の残像だけを 残して消えていった。 Ⅲ.異変 今夜事件が起きる。そして迎えが来る。そう予告された夜に、俺は携帯を持たずに家を 出た。昼間朝比奈さんと話した公園を通り過ぎ、近くの神社の石段をのぼる。一段一段、 自分の決断を確かめるように階段を踏みしめながら。朝比奈さんの誠意は疑いようがないし、 彼女の期待に応えたいのは山々だが、このままではまたなし崩し的にSOS団に連れ戻されて しまうのは目に見えている。いくら受身人生がモットーの俺でも今度ばかりはそう簡単に 折れるわけにはいかないのだ。どこの誰かは知らないが、その迎えとやらが俺を見つけ られないところにいれば、巻きこまれることもないだろう。ハルヒは今、病気だと言うし、 朝比奈さんが俺と「ハルヒの」危機と言ったことが気にならないと言えば嘘になる。しかし ハルヒには超能力者と未来人と宇宙人がついているのだ。めっきり普通人の俺に出番が まわってくるとは思えない。あいつらに任せておけば大丈夫。大丈夫なはずだ……。 夜を明かすつもりで持ってきた寝袋を敷いて地面に腰をおろすと、俺は暗い拝殿を 眺めた。毎年初詣に来ているというのに、ここの神様はどうも俺に冷たいようだ。 古泉が言うようにハルヒが荒ぶる神なら、先輩として一度シメてやってくれればいいのに。 人気のない境内は静まりかえり、巨大な神木の葉が風にそよぐ音だけがかすかに聞こえて くる。夜の森に縁取られた夜空には満月が浮かび、かすかにたなびく雲のベールへ穏やかな 光を投げかけている。静かだ…… その時、暗い林の奥から夜の静寂を破って奇妙な音が聞こえてきた。芝刈り機の親玉の ようなその音は、闇の中をどんどん近づいてくる。ここはチェーンソーの殺人鬼のジョギング コースだったのか、なんて無理な想像をするまでもない。上って来たばかりの参道を 見下ろすと、長い石段を巨大なオフロードバイクで駆け上がってくる馬鹿がいる。 馬鹿は石段を一気に上りつめると神聖な境内に罰当たりなスキッドマークの弧を描いて 停止した。振り向きながらヘルメットのバイザーをはねあげたのは…… 「古泉!」 「探しましたよ。話は後です。乗ってください」 「なんだなんだいきなり。いやだね、断る! 令状もってこい!」 「残念ですが、時間がないんです。乗ってください、早く!」 「今度は一体なんだ? 怪獣か? 隕石か? カマドウシか? どうせまたハルヒがらみ だろう。生憎俺はテスト勉強で忙しいんだ。世界の危機なら間に合ってる。他をあたってくれ!」 俺はハルヒに選ばれた存在、なんて珍説に執着している古泉のことだ。どうせまた妙な 事件に無理矢理巻きこんで俺の脱退宣言をうやむやにしようという胆だろう。考える暇を 与えず一気にもっていくのは悪徳商法の基本だ。その手に乗るか、古泉イツキ! 俺の決意が固いと見てとったのか、古泉はヘルメットを投げ捨てるとエンジンを切り、 バイクから降りた。突然生まれた静寂の中、妙に静かな声で言う。 「涼宮さんが泣いています」 「ハルヒが……なんだって?」 「涼宮さんが泣いています。あなたのいない閉鎖空間で。世界の危機は僕たちが なんとかします。でも残念ながら、今、涼宮さんを救えるのはあなたしかいない。 一緒に来てください。事情は走りながら説明します」 そのまま返事も聞かずにバイクを始動させる。 「さあ!」 「くそったれ!」 そう言いながら結局乗ってしまうのはなぜだろう。そうさ俺は訪問販売に弱いんだ。 古泉の背中をそのままバックドロップにもっていきたい衝動をこらえながら服をつかむ。 さすがにこいつに抱きつきたくはない。しかしヘルメットはいいのか? 特に俺の分が ないのが気になるぞ? だいたいここからどうやって降りる? まさか…… 「しっかりつかまっててください、少々とばします」 安い映画のようなセリフを吐くと、古泉はいきなり石段につっこんだ。その後数十秒間 に関してはなぜか記憶があいまいだが、走馬灯がどんなものか思い出せないまま、 ひとつの言葉を反芻していたことだけは覚えている。 ハルヒが……泣いている? 「涼宮さんは今、長門さんが作った閉鎖空間の中にいます。前回涼宮さんが 閉じこめられたものに似た空間に。そしてそこから出られないでいる」 「ちょっと待て。なぜハルヒがそんなところにいる。て言うか、なぜ長門が そんなものを作ったんだ。まさかあいつ……」 「そうではありません。僕たちが頼んで作ってもらったのです」 タクシーをつんのめらせながら大通りに飛び出したバイクは暴走族も道を開けそうな勢いで 車の間を縫っていく。古泉が強引に車体を傾けるたびにステップから火花が散っていく。 いや、火花はいいが、タイヤはもつのか? ズルッといかないか? 遠心力と重力のベクトル、 考えてますか? おまえ確か原付免許しか持ってなかったんじゃ……。赤信号の交差点に 向かってなぜ…なぜ加速する! と思った瞬間、停車していたポルシェをジャンプ台に古泉は 滅茶苦茶なショートカットを決めた。着地の衝撃で古泉の背中に頭をしたたかにぶつける。 古泉……その話とやらが終わるまで、俺を生かしておいてくれるんだろうな。 「今日のあなたの退団宣言は『機関』上層部に衝撃を与えました。あなたがSOS団を やめれば涼宮さんはまた特大の閉鎖空間を作りかねない。僕たちにも対処できない ほどのね。そこで機関は先手を打つことを考えたのです。前回涼宮さんが閉鎖空間を さほど恐れなかったのはあなたが一緒にいたからです。けれどももし、『あなたがいない 閉鎖空間』もあるとしたら? そういう世界を一度体験すれば、無意識に閉鎖空間を 作り出す彼女の力にもブレーキがかかるだろう……そう考えたのです」 「なんだかえらく単純だな……って速い! 速いって!」 「単純だからこそ効果的なんです。僕たちは閉鎖空間に入れるけれど、閉鎖空間を 作る力はない。しかし長門さんにはそれができる。擬似的なものですけどね。 キョンくんのため、と言ったらふたつ返事で引き受けてくれましたよ」 「なんでそこで俺なんだ」 「あなたの退団を拒めないとなれば、涼宮さんはまたあなたを『拉致』して閉鎖空間に 閉じこもる可能性が高い。それも前回と違って二度と出られない世界に」 「……」 交差点を曲がったところでサイレンを鳴らしたパトカーが追いすがってきた。ヘル メットのない頭にガンガン響く声で停車を命じながらぴったり後に張り付いている。 「どうする、古泉! マキビシないぞ!」 「心配ありません。我々の仲間です。彼らがいた方が走りやすくなりますから」 ただの戦隊マニアでないのは知ってたが、警察まで抱きこんでいたとは恐れ入る。 おまえの機関とやらは本当に何でも屋だな。今度うちの風呂釜直してくれないか…… 「長門さんが作った空間の中で、涼宮さんを起こすところまでは順調でした。けれども 涼宮さんが目覚めたとたん、問題が起きた。長門さんが固まってしまったのです」 「固まった?」 「ええ、まるで実行不可能なタスクを実行中のパソコンのようにね。本来ありえないこと ですが、涼宮さんは長門さんの空間の中からさらにそれを覆う閉鎖空間を作り出して しまったのです。その第二空間が今、長門さんの第一空間を押しつぶそうとしている。 長門さんはそれを防ごうとして、オーバーロード状態になってしまったのです」 「長門は? 長門は無事なのか?」 「しばらくは携帯のメールを通じてかろうじて連絡がとれました。しかし今はそれも 途絶えています。たぶん、僕たちに時間はあまり残されていない」 「もし長門の空間が潰れたら、中にいるハルヒは……」 「おそらく無事ではすまないでしょう」 「………」 「仮に長門さんが持ちこたえたとしても、事態はさして変わりません。長門さんは今、 第二空間の圧力のせいで自分の空間の制御がうまくできない。薬はもちろん、水さえ 飲めないところに涼宮さんはいるのです。空気があるのは確認済みですが、気温も おそらくかなり低い。しかも昼間話したように、ウィルスの影響で彼女はもともと かなり弱っていました。精神的にも体力的にも、かなり追いつめられているはずです」 「……おまえらはそんな状態のハルヒを閉鎖空間モドキに閉じこめたのか」 「そうです。涼宮さんに長門さんの空間がまがい物であることを感づかれたらこの計画は 意味がなくなる。涼宮さんの意識が朦朧としている今は千載一遇のチャンスだったんです。 それでも当初『機関』が予定していたのは15分ほどの隔離だったのですが……」 「……くそったれ」 「くそったれ、です」 スロットルを全開にしたバイクがまたウイリー気味に加速する。もしかすると古泉は この計画に反対だったのかもしれない、と俺はふと思った。あまり認めたくはないが、この 秘密主義のニヤケ男はハルヒのために俺が知らないところでとんでもない苦労をしているの かも、と思うことがある。だからといって、こいつの「機関」とやらを好きにはなれないが……。 サイレンを止めたパトカーが急にUターンしたと思うと、古泉はタイヤをきしませながら バイクを停めた。大きな窓にタイルの壁。それは今日俺が退団宣言をしたばかりの喫茶店だった。 準備中の札がかかったドアを開けると、古泉はどんどん店の奥へ入っていく。ここまでくると バカバカしくて、ここもおまえんとこの店子かと聞く気にもなれない。用途不明の機器と ノートパソコンの一群が並ぶ厨房の横を通り過ぎ、のたうつケーブルにおおわれた廊下の 奥の部屋に入ると、そこに見慣れた顔がいた。 「長門……!」 バイプ椅子に腰掛けた長門は俺の声にも反応せず、置物になったかのように微動だに しない。色白のせいもあってふだんから人形みたいと言われることの多いやつだが、 今は本当に人形になってしまっている。セリフの平均が2秒弱でも、表情の解読に 訓練が必要でも、長門はけっして人形ではなかったことにようやく俺は気づいた。 「今は接触が途絶えていますが、長門さんは死んだわけではありません」 「ああ……わかってる」 凍りついた長門を見ていられず、俺は目をそらした。なぜだか長門は今の自分の 姿を見られたくないのではという気がする。 「それで、俺は何をすればいい?」 古泉は一瞬躊躇したのち、俺の目を見据えるようにして言った。 「煉獄へのダイブ……第一空間に入ってもらいたいのです」 長門の第一空間を覆ったハルヒの第二空間は、いまやわずか数ミクロンの膜状にまで 圧縮されながら巨大な圧力で第一空間を押しつぶし、侵食しようとしている。ハルヒの 閉鎖空間に入れるはずの古泉たちも、なぜかこの薄い壁は越えることができない。しかし その第二空間も俺だけは中に通すだろう。長門はその動きにシンクロする形で侵食を 防いだまま俺を中に入れることができる。ハルヒが自宅から移動を始めた直後に発生した 第二空間の影響で長門はハルヒの現在位置を見失っているが、第一空間内でハルヒが 行きそうな場所は限られている。ハルヒを見つけ出して必要な援助を与えれば、ハルヒは 精神的に安定するだろう。それによって第二空間の圧力が弱まれば、長門が第一空間を 解除する隙が生まれるはずだ…… それが古泉の計画のあらましだった。 「その第一空間とやらはそんなに大きいのか? 長門が一種の閉鎖空間を作れるのは わかるが、それってせいぜい教室サイズじゃないのか? 前に朝倉が作ったのも そうだったし、街全体を覆うようなものを作れるとは信じられんが……」 「学校を包むぐらいのことはできるそうですが、それより大きい時は情報制御空間の情報 密度を部分的に変えるようなことを言っていました。蜘蛛の巣のような細い空間のネット ワークを作っておいて、対象が位置している部分だけそれを元の形に復元する、という 感じですか。復元は半自動的に行われるものの、その位置情報が今の長門さんには 伝わらない、ということのようです」 「なんだかよくわからんが、全体を同時に復元できるわけじゃないんだな。そうすると 遠くに見えるものも実際には壁の内側の絵みたいなもんなのか?」 「だと思います。近づけば遠ざかる壁ですから、実感することはないでしょうが」 「しかしなぜそんな大きな空間が必要なんだ? ハルヒの家の周囲だけで十分だろう」 「涼宮さんが移動をはじめてしまったからです。教室サイズではすぐに違う空間である ことがバレてしまいますからね。長門さんが第一空間を拡張する前に第二空間が発生 していれば、実際そうなるところでした」 「なるほど」 「ここまできて言うのもなんですが、中に入るかどうかはあなた次第です。誰もあなたに 強制はできない。今の第一空間はかなり危険な場所のはずだし、入口は一方通行です。 第二空間はあなたが中に入ることは許しても出ることは許さないでしょう。第二空間の 圧力が弱まった時なら、あるいは出られるかもしれませんが、それはやってみなければ わかりません。一番いいのは第二空間を消滅させてから第一空間を解除することです。 けれどもそれは前回以上に難しい。前回あなたが戻ってこれたのは、涼宮さんがこの世界 へ戻ることに同意したからですが、今回は逆に第一空間に『とどまってもいい』と思わせ ねばならないのです。第一空間への恐怖をなくして第二空間を消滅させる。そんなことが 本当に可能なのか、正直僕にもわかりません。けれどももし可能だとしたら、それが できるのは……」 「わかった。やるよ。もともと俺の退団騒ぎからはじまったことだ。長門をあのままに しておくわけにもいかないし、俺が責任をとるさ」 「そう言ってもらえると助かります」 そう言った古泉の顔にはしかし、いつもの笑みはなかった。 「いいですか、覚えておいてください。大事なのは涼宮さんを眠らせないことです。 涼宮さんが眠ったら、すべておしまいになるかもしれない。ですから用意した薬も 眠くなる成分の入っていないものだけです」 「ちょっと待て。逆じゃないのか? ハルヒが眠れば第二空間の活動も弱まるはず だろう。て言うか、消えるんじゃないのか?」 「確かにその可能性もないとは言い切れません。しかし第二空間は涼宮さんが 無意識に作り出したもの。レム睡眠状態ではむしろ活性化する可能性が高いと 『機関』では見ているんです。僕たちの『仕事』も夜が多いですからね。一応 即効性の睡眠薬も用意してありますが、これは最後の手段と思ってください」 古泉がくれた「最後の手段」は体温計サイズのスティックだった。首筋にあててボタンを 押すとガスの力で薬が血管に入り、数秒で意識がなくなるとか。こんな便利なものがあるなら 早く教えてほしかった。これさえあればハルヒとのつきあいもずいぶん楽になるだろうに。 最後の手段といわず、最初の手段として団の備品に箱ごと校費でそろえたいぐらいだ。 机の上に並べられたのはちょっとした登山並の装備。秘境探検をベースキャンプの サポートもなしにやろうというのだから当然だが、水だけでも8リットルもあるので すべてをリュックに詰めるとかなりの重さになる。用意された防寒用のジャケットを はおり、古泉の手を借りながらリュックを背負う。 「前から聞きたかったんだがな、古泉」 「なんでしょう」 「ハルヒはおまえたちにとって、いわば超特大の核爆弾みたいなもんだろう。 巨人退治がいくら楽しくても、いつ気まぐれに世界を終わらせちまうかわからない 奴がいたんじゃたまらん」 「たしかに」 「いっそあいつがこの世からいなくなってくれれば、とは思わないのか? おれが 救出に成功しちまったら、かえって困るだろうに」 さすがに怒るかと思ったが、古泉は笑って首をふっただけだった。 「実は最近、立体四目並べという面白いゲームを入手しましてね」 「?」 「目下『機関』内では7連勝中です」 「だから何だ」 「お手合わせを楽しみにしてますよ」 今度は俺が笑う番だった。 「首を洗って待ってろ」 Ⅳ.夜のキリン ふたつの空間の壁を同時に抜けて内側に入るための固定ポイント。そのひとつは喫茶店 裏口のドアに作られていた。古泉が開けたドアの外には、あたりまえの景色がひろがって いる。しかしそろそろとつきだした両手は、すぐに見えない壁につきあたった。ハルヒの 閉鎖空間で北校を囲んでいたものとはまったく違う、岩のように硬い壁。試しにノック してみても、指が痛くなるだけでまったく音がしない。二つの空間が恐ろしい力で押し合いを している場所というのは本当らしい。やれやれ、本当にここを抜けたりできるのか? そう思った瞬間、手のひらで無数の泡がはじけるような感触がして、両手が見えない 壁の中に沈みはじめた。肌にカミソリを当てられたようなぞっとする感触とともに、両腕が ゆっくりと壁を抜けていく。服やリュックもどうやら俺の一部と認識されているらしい ことを見届けて古泉と目配せを交わすと、俺は一気に壁をつきぬけた。目をつぶって 数歩進み、抜けたばかりのドアを振り返ってみたが、古泉の姿はない。いや、あるはずが なかった。「あちら側」から見た時と違って、そこにあるのは灰色の壁に描かれた単なる 黒い長方形だったからだ。俺が出てきた建物は、全体がまるで巨大なペーパークラフトの ような単純なハリボテになってしまっていた。 「……アッチョンブリケ……」 長門のやつ、よほど苦労しているのだろう。道も建物も街灯も、周囲はすべて灰色の 折り紙細工。幸い心配していた寒さは冷凍庫というほどではないし、身体に異常はない ようだが、積み木細工の街を眺めていると、なんだか人形になったような気分だ。道路の マンホールも絵だし、建物の窓も絵。道路脇の並木にいたっては円筒ですらなく、 十字型に組み合わされた面によってかろうじて立体になっている。切り紙細工のような 平たいガードレールの断面をのぞいた俺は、それにまったく厚みがないことに気がついた。 試しに胸ポケットのボールペンをあててみると、豆腐を切るほどの手ごたえもなく 金属製のペン先が切断されて道に転がった。 「まいったな……」 この分ではうまくハルヒを見つけられたとしても、全身傷だらけになっているかも しれない。腕組みして大げさに天を仰いだ俺は、間抜けなことに背中のリュックの重さを 忘れていた。あっと思った時にはもうバランスをくずし、とっさにガードレールに手を…… 「ぉわっっ!!」 一瞬で血が沸騰し、頭の中が真っ白になる。しょっぱなから包帯人間かよ! けれどもおそるおそる目を開けてみると、俺の手にはまだ指がついていた。そっと指を 曲げ伸ばしし、ドキドキしたままの心臓をおさえながらよく見ると、俺が手をついた部分だけ ガードレールが本来の厚みにもどっている。長門……? 長門か? たしか古泉の話では 長門も俺の所在地は感知できるという話だった。どうやら必要に応じて少しだけこの手抜きの 世界をリアルにしてくれているらしい。しかしハルヒの第二空間と押し合いながら同時に それをやるのはキツイはず。あいつに余計な負担をかけるわけにはいかない。 「すまん、長門」 古泉との打ち合わせに従って入口を逆行できないことを確かめると、俺は最初の目的地に 向かって歩き出した。幸いハルヒの居場所の第一候補について、俺と古泉の意見は一致 している。前回俺とハルヒが閉じこめられた場所、北高だ。ふだんなら自転車で数分の距離 だが、今日はそれを徒歩で行かねばならない。このクソ重い装備を背負いながらではかなり こたえそうだ。まったく、ハルヒのデパートめぐりといい、最近はこんなのばっかだな……。 ぶつぶつ言いながら歩きだすと、案の定、いくらも行かないうちにリュックのベルトが肩に くいこみだす。何度もリュックを背負いなおし、千鳥足の行軍を続けた末に、俺は意気地なく 道にへたりこんだ。 「ヘイ、タクシー!……なんて、あるわけねえか」 周囲は人どころか猫の子一匹いない無人の街。そんなものがあるはずがない。 もし運良く自転車か何かが見つかったとしても、さっきのガードレールのことを思えば 危なくてとても乗れた代物ではないだろう。古泉のやつ、なぜ北校付近の「壁」に直接 ポイントを作らなかったのだろう。新兵訓練キャンプじゃあるまいし、この前「待った」を 却下したこと、まさかまだ根にもってんじゃないだろうな。根性で運ぶのはいいが、あまり 到着が遅くなっては意味がない。ハルヒに飲ませる薬や上着などの重要装備はともかく、 水は半分ここに置いていった方がいいかもしれない。どうしても必要になった時は、また 取りにくることもできるだろう……。俺は観念してリュックをおろし、荷物の整理に とりかかった。真冬の寒さと思ったが、歩いてきたせいか少し暖かく…… 暖かく? 首筋にふきつける妙に生暖かい風に気づいた俺はあわてて振り返り、凍りついた。 「ブルルルル……」 そこにいたのはキリン。全身をぼんやりと光らせながら、まぬけな顔で俺を見つめる、 巨大なぬいぐるみのキリンだったのだ。実物大、と言うには小さいキリンの身長はおよそ 3m。脚もせいぜい俺と同じぐらいの長さしかない。本物のキリンに比べれば、えらい 短足だ。それでも長門に買ったものに比べればサイズも形も本物に近く、ちゃんと自分の 足で立っている。と言うか、歩いている。 「こいつに乗れ……てことか?」 「ブルルルル!」 本物のキリンがそんな声で鳴くのか怪しいかぎりだが、そういえば長門を動物園に 連れて行ったことはなかった。とぼけた顔は相変わらずだが、これなら噛みつかれる 心配もなさそうだ。前足で地面をかきながら俺を見つめる様子は、俺が乗るのを待って いるようにも見える。ためしに背中にさわってみると、いかにもぬいぐるみらしく、 ふわふわと暖かい。長門から見るとこいつは小さな独立したプログラムみたいなもの なのだろうが、俺が転ぶたびにあわてて対処するより、こいつに乗せてしまった方が かえって楽なのかもしれない。 「よし。いっちょ遠乗りといくか」 俺はリュックを背負ったままキリンによじのぼり、手綱を握った。キリンは小さく いなないて機嫌よく歩き出す。短い足でパカポコと進む速度はせいぜい時速10Km ぐらいか。それでも歩くよりはずっと早いし、不思議なことに目的地もちゃんと 理解しているようだ。胴が太いおかげで座り心地はいいし、なにより尻が温かい。 これならなんとか北高まで荷物を運べそうだ。 「天の助け、地獄にホットケーキだな。どうせなら『アグロ!』とか叫びつつひらりと またがりたかったが……。そういやおまえ、何ていうんだ? おまえと相棒になるなら、 名前ぐらいつけてやらないとな。キリン、キリンか……そうだな、『キー坊』でどうだ?」 「ブルッ」 どうやら気に入らなかったらしい。 「だめか? そうか…… じゃあ…… 『キンキン』?」 カッポ、カッポ、カッポ、カッポ 無視かよ、おい。 「ようし、わかった! 俺も男だ! 愛馬に恥はかかせねえ! 闇より暗い夜を抜け、 星の涙の海こえて、ハルヒたずねてどこまでも。 ゆくぞっ! リンリン!!」 「ブルルルルッ!」 案外ノリやすいタイプなのかもしれない。おまえ、本当に長門が作ったのか? 思わぬ移動手段を確保できたおかげでようやく人心地がついた俺はあらためて周囲を見回した。 空がかすかに明るいせいか、真っ暗というわけでもないが、街灯にも建物にも明かりは灯って いない。延々と続く灰色の景色を見ていると、いい加減気が滅入ってくる。おまけに寒い。 ハルヒは今、パジャマ姿のはずだし、こんなところにいては風邪を通り越して肺炎になって しまうかもしれない。ダウンジャケットの前を合わせながら、俺はキリンの首をたたいた。 「頼むぞ、相棒」 「ブルルル…」 不気味なゴーストタウンに響く妙にのどかな足音を聞きながら、手持ち無沙汰になった俺は 現状の分析をはじめた。第一空間に入れたのはいいが、古泉の指令の実行は正直絶望的だ。 この薄気味悪い世界にいるハルヒにファウスト博士よろしく「時間よ止まれ!」と言わせる ことなどできそうにない。ここにはハルヒの巨人もいないしハルヒの空間と違って夜が明ける こともない。もしどうしても外に出られない時は古泉がくれた睡眠薬を使うしかないが、それで 第二空間が消えるとも限らない。古泉の予想が正しければ第二空間は逆に勢力を増し、俺たちは 押しつぶされることになるのだ。永遠の夜の世界に二人で取り残されるのと、眠ったまま死ぬ のと、ハルヒはどちらを選ぶだろう? 「あたし寝るから、あんた空間支えてて」か? そう いやうちのばあちゃんも「お昼寝からさめたら極楽だった」が理想の往生とか言ってたな……。 俺は思わず苦笑いした。ハルヒの死は俺の死でもあるというのに、俺はやけに落ち着いてるな。 しかしこのキリンの上では深刻になれったって無理な話だ。ニコニコ印の能天気な顔を見て いると、何もかもバカバカしくなってくる。お姫様を救いに行くのは白馬の王子と決まって いるのに、これではまるで…… 「そうか…そういうことか」 とつぜん朝比奈さんの言葉の意味に気づいた俺はキリンの頭を見上げた。しかし それが何だと言うのだろう。「風車の騎士」の正体はわかったが、それが今の俺たちに 関係があるとも思えない。それともこの言葉にはもっと他の意味があるのだろうのか…… 「ブルルル」 「?」 機嫌よく歩いていたキリンが突然立ち止まったのは北校の近くの商店街だった。ハリボテの 作りが粗くてはっきりしないが、学校帰りに時々立ち寄るたこ焼き屋らしき店も見える。 虐待した覚えはないが、さすがに重かったのだろうか。 「どうした? 疲れたか? メシか? 登校中の買い食いは校則違反だぞ。生憎おまえに 食わしてやれるものはあまりないんだが……」 相変わらず舞台セットのような周囲を見回しているうちに、俺は小さな自動販売機に 気がついた。そういえば以前ここで長門にコーヒー牛乳をおごってやったことがある。 自分が飲むついでに軽い気持ちで放り投げてやった紙パック。長門はなぜか飲もうとも せず、長い間握りしめていたっけか……。キリンから降りて近づいてみると、ガラス窓 の中に見本が並んでいるはずの販売機は、例によって窓もボタンもイラスト式のハリボテ になっている。 「すいませーん、つり銭出ないんですけどー」 なんとか気分をもりたてようと、ツッコミ役もいないところで虚しいボケをかます。 と、一瞬販売機の窓に明かりがともり、ゴトンと音がした。見るとさっきまでなかった はずの取り出し口が開き、コーヒー牛乳のパックが転がっている。意外なことに とりだしたパックは本物そっくりで、振ってみるとちゃんと液体の音がする。 持参した水に限りのある今は、たしかにパックひとつでもありがたいが…… 「長門よ、無理するな」 天を仰いでつぶやくと、パックをポケットにしまい、またキリンにまたがる。 北校まではもうすぐだ。キリンは素直に歩き出し、校門に向かう最後の角を曲がった。 夜の学校は怖いところときまっているが、それは何かが出そうな雰囲気のせいだ。 けれどもハリボテの学校の雰囲気はちょっと違う。うまく言えないが、いってみれば中身が 空っぽの包帯男のような不気味さだ。扉を開けても開けても虚空が広がっているだけの予感。 けれどもこの巨大なハリボテは空っぽではない。どこかに必ずハルヒがいるのだ。寒さに 震えながら俺を待っているはずのハルヒが。校門をくぐったキリンは中庭まで進むと歩みを 止めた。校舎はこれまで見た中では一番手のこんだ作りになっているが、窓は相変わらず 描かれたもので、中の様子はわからない。もしかするとハルヒが点けているのではと期待 していた明かりもなく、どこもかしこも真っ暗だ。校門を抜けたとたんにハルヒがとびついて くると思っていたわけではないが、北校に行けばすぐ会えると思っていたのは甘かったかも しれない。 「ハルヒーッ!」 大声で呼ぶ声は鉛色の空へはじき返されているようで、耳をすましても返事はない。前回 最初にハルヒと会った中庭にも、最後にハルヒと走った運動場にも、人影は見当たらない。 俺はリュックからライトを取り出し、部室棟に入った。長門のサポートのせいか、電気の 消えた校舎内でも俺の周囲だけほんのり明るいのが救いだ。けれども階段をかけあがった 俺は、部室のドアを見てへたりこんだ。幾何の図形のように簡略化されたドアは、またしても 壁に描かれた絵だったのだ。開くはずのないドアをたたき、ハルヒの名を呼んでみたが、 中に人がいる気配はない。前回はここに入ることでハルヒも少し落ちつき、校舎を探検する 勇気が出たのだが……。開かないドアを前にがっかりしたハルヒの姿が目に浮かぶ。ハルヒが 作った閉鎖空間、ハルヒが作った巨人は、外見はどうあれハルヒの忠実なしもべだった。 しかしこの世界はハルヒを愛していない。ハルヒを苦しめるために作られた世界なのだ。 ハルヒがもしここに来たなら、そして誰かが探しに来ることを期待していたなら、貼り紙 くらい残してもよさそうなもんだが……バカか俺は。ハルヒはベッドに寝ている状態で いきなりこの世界にほうりこまれたんだ。紙だのペンだのを持ってるはずがないじゃ ないか……。俺は急に焦りはじめた。 もしかするとあいつはもう北校に見切りをつけて移動してしまったのかもしれない。 しかし北校じゃないとしたら、あいつはどこだ? 一応古泉は他にも候補地を教えて くれたが、ほとんどは俺が行ったことのないところだ。おまけに一番近いところでも ここから1時間はかかる。それまでハルヒが耐えられるだろうか……。 「ハルヒ……ハルヒ! 返事しろハルヒ!」 落ち着け。落ち着け。俺がパニクってどうする。まだ部室を見ただけじゃないか。 教室も見てないし、教員室だってまだだ。もしかしたら、そう、体育館かも……。 ドアに額を押しつけながら必死で頭を働かそうとしていた俺の目に、そのとき何かが とびこんできた。ぼやけた視界の中に浮かぶ微かなノイズ、廊下のキズ。廊下の……キズ? この手抜きワールドの廊下に? 暗い廊下にしゃがみこみ、震える手で触れてみると、 キズはわずかに動いた。「キズ」じゃない。「黒いヘアピン」だ。 夢遊病者のようにゆっくり歩き出したはずが、気がつくと階段を踊り場まで一気に 飛び降りていた。勢い余って壁に体当たりなんて小学校以来のバカをくりかえしながら ダウンヒルのレコードを書きかえる。靴のまま教室棟にかけこみ、3段とばしで目指すのは 最上階だ。ハリボテを作るのが精一杯の長門がたとえヘアピン一本でも余計なものを作る はずがない。ハルヒはここにいる! ここに! 廊下に並んだ教室のドアは、またしても 壁に描かれた絵。けれども1年5組の壁には……四角い穴が! 高校入試の合格発表を見た 時のように、思わず手前で立ち止まり、息を整える。暗い教室に並んだ机にライトの光が 伸びていく。教室最後尾のハルヒの席には……いない。しかしそのすぐ前の俺の席から、 小さな影がゆっくりと立ち上がった。 Ⅴ.風車の騎士 泣いてんのか? なんてセリフは本当に泣いているやつには言えないものだ。ハルヒは 泣いていた。俺の胸にしがみつくように頭を押し当てたまま、声もあげずに。暗くてよく 見えなかったが、俺にはなぜかそれがわかった。小さな肩が震えているのは熱のせいか 寒さのせいか。パジャマ姿のせいもあって、なんだかいつもより幼く見える。てっきり パンチがとんでくるものと思っていたが、こんなに心細げなハルヒを見るのは初めてだ。 来てよかった、としみじみ思う。 「遅くなってすまん」 かすかなためらいを感じた時にはもう、ハルヒの背中へ手がのびていた。抱えてしまった 後で今更のように生々しい肌の感触にどきりとする。んなこと言ったって、しょうがねえだろう。 普段のこいつとの身体的接触は、回し蹴りやカツアゲネクタイ止まりなのだから。 ハルヒはそれでも黙ったまま、嗚咽をこらえるように弱々しく俺の胸をたたくだけだ。 そっと背中をたたき、頭をなでてなだめながら、しがみついて離れないハルヒに無理やり 自分のダウンジャケットを着せる。ガードレール式でないことを確認して椅子に座らせた。 「ケガしてないか? 寒くないか? 腹へってないか?」 3度首を横にふったハルヒは、 「何か飲むか?」 と聞くとはじめてうなずいた。けれどもリュックをとりにいこうとすると、俺の腕を つかんだまま離そうとしない。すぐ戻るから、と言いかけてコーヒー牛乳のことを 思い出した俺は、ハルヒに腕をとられながら苦労してパックにストローを差した。 「ほら」 砂糖入りだから少しはカロリー補給にもなるだろう。ついでに薬も飲ませるか、と 思ってポケットの錠剤をさぐっていると、ハルヒがパックを握ったまま固まっている。 「どうした」 「……飲めない」 まさか吸う力も残ってないとか言うんじゃないだろうな。青くなりながらハルヒの 手元を見ると、コーヒーパックはいつの間にか白い積み木に変わっている。たのむぜ 長門~。おまえは実にたよりになる奴だが、時々妙に融通がきかないのが困る。俺は ハルヒの手から積み木を取りかえすと念力30秒でコーヒーに戻し、両手でパックを 握ったままハルヒにストローをくわえさせた。 「飲めるか?」 「ん…」 「うまいか?」 「んー」 やれやれ。どうやら飲んだとたんに砂になったりはしなかったらしい。 よほどのどが渇いていたのだろう。ハルヒは俺の手ごとパックを握りしめるようにして むさぼるようにコーヒーを飲んでいる。なんだか生まれたての子猫が必死で母猫の胸を 吸っているようだ。授乳をする母親というのはこんな気分なのだろうか……。ズズッと コーヒーを飲み干すと、ハルヒはようやく落ち着いたのか、切れ切れに話しだした。 「目がさめたら……変な世界で……誰もいなくて……」 「うん」 「学校に行けば、あんたがいるかも…… あんたに会えるかもと思って……」 「ああ」 「でも行き違いになるかもしれないし、怖くて… 急いで……」 「そうか」 「学校にきても、あんたいなくて、帰っちゃったのかもと思って…… 部室の前に ピンを置いてきたけど……教室で待ってても、いつまで待っても……」 「わかった。わかった。もういい。悪かったな。悪かった」 「遅い……遅いわよバカ! あんたなんか銃殺よ、バカ!」 やれやれ、結局こうなるのか。先ほどよりやや勢いを増したハルヒの打撃に上体を 揺らされながら、俺はもう一度ハルヒを抱きよせ(打撃を防ぐためである。念のため)、 そのうちハルヒが裸足なのに気づいた。こいつは裸足のまま学校まで歩いてきたのか。 あの暗い道を、たった一人で。突然頭に上ってきたもので額が熱くなる。 (古泉に立体4目並べで負ける奴らが計画なんか立てんじゃねえよ!) ヂヂヂッと音がして突然教室の蛍光灯がついた。この世界で見るはじめての明かりだ。 ハルヒの緊張がとけて第二空間の圧力が減ったせいか、俺たちの合流に気づいた長門が サポートの度合いを強めたからか。いずれにしろ良い兆候には違いない。しかし残念ながら 第二空間が消滅するところまではいかなかったようだ。俺と合流できただけでハルヒがそこまで 安心するはずもないが、安全確実にここから出られる道は絶たれたことになる。こうなったら ダメもとで出発地点のドアまで行くしかない。第二空間の圧力が減って逆行が可能になっている ことを願うだけだ。俺はハルヒに移動を告げた。 「心配すんな。俺がついてる。大船タンカー、超ド級戦艦に乗ったつもりでいろ」 「イカダじゃないの」 ハルヒ……おまえ回復早過ぎないか。俺の母性愛と正義の怒りをどうしてくれる。 しかしそれがハルヒの精一杯の強がりであることはすぐにわかった。出発前に俺が小用を すませようとすると、ハルヒが腕を握ったまま行かせてくれないのだ。 「それぐらい我慢しなさいよ。あたしだってしてるのに」 「なんで? いけばいいじゃないか」 「いってもムダよ。水出ないもの」 「いいじゃないか。水ぐらい」 「バカ!」 「トイレ用の紙とか消毒式の濡れティッシュならリュックにあるぞ」 「嫌なの!」 俺はキリンと並んで路傍の花に水をやることもできるが、ただでさえ病気のハルヒに 我慢させるわけにはいかない。二人で男子トイレの手洗いを試してみると、奇跡的に 水も復活している。それでもイヤって、いったい何が不満なんだ? 「だって……どうすんのよ!」 「何が」 「どうすんのよ……」 「だから何が!」 「あんたがまたいなくなっちゃったら……どうすんのよ!」 泣きたいのか怒りたいのかわからない涙目で俺をにらみつけるハルヒ。どんな顔を すればいいかわからず(なに赤くなってんだ!)絶句する俺。正直ちょっとジンときた。 ハルヒがそこまでヘコんでいたとは……。しかしそうも言っていられない。俺は心を 鬼にして言った。 「じゃあどうすんだ? やめるのか? この先かなり長いぞ? それとも一緒に入るか?」 俺の靴を履いたままハルヒは女子トイレの前で逡巡している。熱でふらついている奴を いじめたくはないが、ここはしょうがない。よもや一緒に入るとは言わないだろう、と 思っていると、ハルヒは突然真っ赤な顔で俺の腕をつかんだままドアに手を…… 「バ、バ、バカ! なにやってんだ!」 「中に入れやしないわよ! 隙間から手をつなぐだけ!」 「嫌だって!」 「あたしだって嫌よ!」 「おまえが嫌なことさせるのが嫌なの!」 結局、俺は妥協案として女子トイレの前で即興の歌を大声で歌い続けることになった。 ♪おーれはいーる、こーこにいーる、しけいはこーわいよー……… やれやれ。 突入ポイントに戻るための移動手段はもちろん長門技研製キリン号一馬力だ。しかし キリンと顔を見合わせて絶句しているハルヒを見て俺は大事なことを思い出した。 しまった。長門にこいつを買った時、ハルヒはそばにいたんだった。まさかとは思うが 長門とこの空間の関係をハルヒに感づかれてはまずい。 「紹介しよう! 俺の相棒、『リンリン』だ。荷物が重くて困ってる時、天に向かって 神様、仏様、長門様~と唱えたらなぜかこいつが走って来てな。いや~、世の中には 不思議なことがあるものだなあ。あはは、あはは、あははは」 苦しい言い訳を試みる俺の横で、ハルヒはなぜかツッコミを入れることもなくじっと キリンを見つめている。 「これ……有希のじゃないわ。あたしのよ。有希のはもっと尻尾が短かったもの。 あの日あたし、引き返して同じのを買ったの。あんたは知らないでしょうけど……」 「知ってるさ。あんなばかでかい包み抱えて何が『フランスパン』だ。まったく、 長門もおまえも妙な趣味してるよ」 「ブルルル!」 ハルヒはそれでもキリンを見つめたまま、そっとその首をなでている。 「キョン……有希がどうしてあのキリンを選んだかわかる?」 「知らん。キリンマニアなんだろ」 「バカ。あんたってホントバカね」 「悪かったな。バカでなけりゃ誰がこんなとこまで来るか」 のんびり世間話なぞしてる場合ではない。出発地点まで戻るにしても、それまでに ハルヒがダウンしてはすべてが終わりになりかねないのだ。トイレ騒ぎのおかげで ハルヒにはまだろくに食事もとらせていない。俺は古泉リュックをあさると体温計を とりだした。 「舌下型、だそうだ。わかるな? 食べるなよ」 その間に素足のハルヒに靴下をはかせる。動くのもおっくうなのか、キリンにもたれた ハルヒは素直にされるがままになっている。最後に妹に靴をはかせてやったのはいつ だったろう。コーヒー牛乳の時といい、今回のミッションはなんだか保父試験みたいだ。 ピピッと鳴った体温計を見ると40度3分。38度で小学校を休ませてもらった時の喜びが 忘れられない俺には想像もできない数字だ。すぐにでも出発したいが、さて、こいつを どこに乗せよう。普通なら後だろうが、座っているのもつらそうなハルヒに背中につかまれと 言っても無理かもしれない。リンリンの背中に頬をうずめるようにもたれているハルヒを見て 俺は一瞬迷った。ふだんのこいつならこの程度の高さ、俺を踏み台にしてでも一瞬で飛び乗る ところだが……。バカバカしい、何意識してんだ、こんな時に。俺はハルヒにそっと忍び寄って 背中から一気に抱えあげると、パンツを食べられたような顔で振り向いた目を見ないようにして どさりとキリンの首元に乗せた。そのままハルヒの後によじのぼって荒っぽく肩をひきよせ、 両腕と手綱で囲むようにして抱えこむ。 「もう! こっちは病人なのよ。もっと、や……やさしくしてよね!」 なんだその微妙な反応は。こんな時に古いリクエストを持ち出すな。こっちまで赤くなる。 もぞもぞするな! こっち見るな! 誰もとって食いやせん! いいからそこでおとなしく…… おとなしくしてろ。こんな時ぐらい……そうさ、こんな時ぐらい。 フウ……。やれやれ。えーっと……なんだっけ? ほらみろ、忘れちまったじゃないか。 そうだ、たしかこのへんにチューブ入りの栄養食が……。 「ほら」 「……いらない」 「いいから食え。もたないぞ」 無理やりハルヒの手に握らせて、待ちかねている様子の愛馬の尻をたたく。 「頼むぞ、相棒」 「ブルルル!」 リンリンは増えた重量をものともせず、大きく首をふりながら歩き出した。 カッポ、カッポ、カッポ、カッポ…… 揺れるキリンの上でハルヒは黙ったまま素直に俺の胸に頭を預けている。短い髪の下に 見え隠れするうなじと小さな肩。団長席の上であぐらをかいている時はやけに勇ましい ハルヒの背中が、今日はなぜかひどく華奢なものに見える。いつもこんな風にしおらしく していればこいつだって……。いやいや、油断は禁物。案外朦朧とした意識の中で、遅刻 した騎兵隊の処刑方法を考えているのかもしれない。病気が治ってもしばらくこいつには 近寄らない方がよさそうだ。 ゆっくりと脇を流れていく景色に目をやった俺は、周囲の様子が出発時よりいくぶん リアルになっているのに気づいた。ずっと消えたままだった街灯も、ゆっくり脈打つような 光を放ちはじめている。ほとんど消え入りそうな点から明るい光球に、そしてまたゆっくりと 淡い蛍に……。第二空間の圧力が弱まったせいだとすると、俺と会えたことでハルヒも少しは 安心したのだろうか。ぼんやり手綱を握っていると、ずっと押し黙っていたハルヒが急に 口をひらいた。 「キョン……SOS団、やめるんでしょ?」 驚いた。いや本当に。なぜおまえが知ってる? そんなはずが…… 「誰に聞いた? 古泉か?」 「ううん。聞こえたの。病院から有希の携帯にかけた時、古泉くんとみくるちゃんが 話してるのが。でもあたし知ってた……あんたがSOS団に乗り気じゃないってこと」 「楽しんでるさ、それなりにな」 「ううん、それぐらいわかる。あたしだって。だから今日は……もしかしたらキョン、 来てくれないかもって思ってた」 「来るさ。来るに決まってるだろ」 「どうして? SOS団、やめるんでしょ?」 「関係ないだろ、そんなもん。それに……やめたよ。退団はやめた」 「やめた?」 「ああ」 「どうして?」 「どうしてって、そりゃ……思い出したからさ」 「何を?」 「お前が誰で、俺が誰か……かな」 「なにそれ」 「なんでもない」 「言ってよ、ねえ」 これじゃまるで誘導尋問じゃないか。刑事さん、俺はやってないよ。 「お願い」 ふだんの会話の9割が命令口調の奴に「おねがい」と言われた人間の気持ちをわかって もらえるだろうか。「言いなさいよ!」じゃないのだ。そりゃあねえだろう、ハルヒ……。 けれどもこいつは俺の退団宣言を知っていたのだ。それでも待っていたのだ。あの暗い 教室で、たった一人で、来ないかもしれない俺を。俺は深いため息をついた。 「決まってるだろう、お前が誰かなんて。わざわざ2年の教室から上級生をさらってきて お姫様に仕立てて喜んでる奴だぞ? みんなが楽しく暮らしている平和な世界に怪物だの 巨人だのが出てくるのを心待ちにしてる危険人物だよ。宇宙人だの未来人だの超能力者 だのが本当にいると信じてる妄想狂のはた迷惑人間さ。そんな奴、世界中探しても一人 しかいないだろうが。おまえは風車の騎士、ドン・キホーテさ」 「ドン・キホーテ? じゃあ、あんたは? サンチョ・パンサ?」 勘弁してくれ。なんで俺があんな小太りのオッサンなんだ…… そう。それはたぶん、あの自己紹介に度肝を抜かれた日から、もうはじまっていたのだ。 ロングヘアーの美少女が素朴な憧れの対象ではなくなるのと入れかわりに、いつの間にか 俺の中に生まれていたもの。100Mを13秒で駆けぬけたハルヒが駆け寄る友人もなく 腰をおろすのを見た時、非常階段の上でじっと空を見つめるハルヒを見つけた時に、 ゆっくりとまわりはじめた気持ち。ばかでかいきらきらした瞳でにらみつける生意気な 猫のような顔を眺めながら、心のどこかで俺は思ったのだ。こいつの笑った顔が見たい、と。 お調子者の谷口さえ近づかない変人にこいつを変えてしまったもの、独りでいることを 寂しいとも思わなくさせてしまったもの、泣き顔も笑顔も素直に他人に見せられなくして しまったもの。それがこの退屈な世界やそこに埋もれていく自分への不安と不満だという なら……こいつの不思議探しの旅とやらを手伝ってやってもいい、と。それなのに俺は 「受身でない自分」に恐れをなして、そいつをどこかにしまいこんできた。ハルヒに 引きずられて「しかたなく」SOS団にいることに慣れてしまった。だからENOZの演奏を 聴いてハルヒが現実世界でも十分やっていける奴であるのを思いだしたとたん、自分の 平凡さに愛想がつきたのだ。ハルヒの小さな社会復帰を喜びながら、初めての気持ちを もてあましているあいつを抱きしめてやりたいような衝動を感じながら、いつかハルヒが 俺を必要としなくなる日が来ることを思わずにいられなかった。だから一人になりたいと 思った。SOS団の外でもハルヒにとって意味のある人間になりたいと思ったのだ。あいつと 出会うまで、自分に何の不満もなかったこの俺が! けれどもSOS団を作ると決めた時の ハルヒの顔、あの笑顔を見た時の気持ちは、そんなセコい引け目のために捨てていいもの ではなかった。ハルヒのそばにいてやることと、自分のちっぽけさにつぶされないための 悪あがきは、なにも両立できないわけじゃない。ハルヒの御機嫌をうかがう異能者三人組 ではなく、ハルヒのストレス解消を代行する巨人でもなく、ハルヒがもっと他の誰かを 必要としていたなら、俺のちっぽけな思いなど、カマドウマに食わせてやればいい。 未来の自分のために、今のあいつを独りにしてはいけなかったのだ。 「おまえ、前に俺と学校に閉じこめられた夜のこと覚えてるか?」 「あたりまえでしょ」 「じゃあ、そこからどうやって帰ったかは?」 「……」 「よし。じゃあ、今から言うことも忘れろよ。ソッコーで削除しろよ。いいな! 俺は……俺はおまえのロバさ。ロバのロシナンテだ。ワガママで、きまぐれで、無鉄砲な 御主人様を乗せて、ため息をつきながら歩く痩せたロバさ。おまえは俺が嫌々SOS団を やってるって言ったけど、そうじゃない。そりゃそう思われてもしかたないが、そうじゃ ないんだ。高校に入って同じ教室の後の席にポニーテールのドン・キホーテが座っている のを見た時、俺は思ったのさ。こいつはどうやら本物のバカみたいだし、ほっといたら 全力疾走で世界の果てまで行っちまうかもしれない。世界の果てをのぞこうとして、 そこから落っこっちまうかもしれない。そんなら俺が……つきあってやるのもいいんじゃ ないかってな。俺がそばにいてやれば、こいつはアマゾンの奥地かどこかで野垂れ死に しないですむかもしれない。退屈な世界にも何かを見つけられるかもしれない。宇宙人 でも未来人でも超能力者でもない自分を好きになれるかもしれない。不思議探しの旅の 果てに、おまえが何かを見つけられるのか。そんなことは俺にはわからん。でもどんな バカでも……やっぱ一人で行くのは寂しいんじゃないかってな……」 カッポ、カッポとリンリンの足音が夜の道にこだまする。俺のたくましい腕の中で 感動に打ち震えているはずのハルヒは、しばしの沈黙の後ポツリと言った。 「馬。」 「は?」 「ロバじゃなくて馬。ロシナンテは馬よ。ロバに乗ってるのは従者のサンチョ・ パンサのほう」 「ほえっ? なんだそりゃ? うそだろう、ロバじゃないのか? だっておまえ…… まいったな。詐欺だ! ロバだと信じてたのに!」 バツの悪さに赤面しながらも、俺は苦笑せずにはいられなかった。やれやれ、 素面じゃ言えないような恥ずかしい話をしてやったというのに、こいつは何も感じて いないらしい。ま、いかにもハルヒらしいと言えばハルヒらしいが……。 「それにあんたはロバじゃなくてキリンでしょ。背の高い、……しい目をしたキリン。 そうね、もしかしたら『麒麟』かも」 「何の話だ。誰の目が細いって?」 「あたし、なんだか眠くなってきた。ちょっと寝るわ」 ハルヒはまたもや会話の流れを無視してそう宣言すると、ドスのきいた声でつけ加えた。 「寝てる間に触ったりしたら、死刑だからね」 「へいへい」 「起きた時……起きた時、勝手にいなくなってたりしたら……」 今度はちょっと涙声。 「安心しろ。ちゃんと運んでやるさ。まともな世界までな」 俺はもう一度ハルヒの額に手をあてた。まるで抱きしめているように見えるのは いたしかたない。古泉には悪いが、ハルヒを寝かせるなという指示も守れそうにない。 冬山の遭難者じゃあるまいし、熱にうなされている奴をひっぱたいて起こすわけにも いかないじゃないか。 「そのかわり、運賃払えよ。言っとくが深夜割増料金だからな」 「なにそれ。ケチ」 夜空はいつのまにか煌く星々に覆われている。まばゆい光を放つナトリウム灯の向こうに 広がるのは幾千の窓の灯、ネオンの海。俺の胸をくすぐるように急にモゾモゾしはじめた ハルヒは辛そうにあえぎながら片足をもちあげると、キリンに横座りになった。やれやれ、 今度は何だ? 尻が痛くなったのか? お姫様ごっこか? 熱がある時ぐらい、ちょっとは おとなしく…… 「じゃあ……前払い」 思わず右ストレートに備えた俺の首に両手をのばすと、ハルヒはそのまま懸垂をはじめ、 そして次の瞬間……俺は前回確認しそこねたこと、ハルヒもやはり、その瞬間には、 人並みに頬を染めながら目をつぶるのだということを知った。 エピローグ その後の顛末については特に話すこともないと思う。第二空間の圧力が消滅した瞬間に 長門は第一空間を解除し、ついでに俺とハルヒをそれぞれの家まで「飛ばした」。つまり 俺は自宅で、ハルヒは自分のベッドの上で「目を覚ました」わけだ。どうやってそんな 芸当をやってのけたのかはわからないが、古泉によると長門と超能力者集団との「夢の コラボレーション」の結果だとか。直後に古泉からかかってきた電話でハルヒと長門の 無事を知った俺は、フロイト先生に笑われる心配もなく安らかな眠りについた。 なにしろその時はまだ知らなかったのだ。ほどなく完全復活したハルヒといれかわりに、 それからまる三日間、新型インフルエンザとデスマッチをするはめになるとは。 ようやく風邪が直った日の放課後、久しぶりにSOS団の部室に顔を出すと、ハルヒを のぞく全員が俺を待ちかまえていた。大げさに両手を広げて俺を迎え入れた古泉は、 「立体4目並べ」らしき箱を差し出しながらウインクし、いつものニヤケ顔でのたまった。 「おっと、ぼくは何も聞きませんよ。どうやってあの空間から脱出したのかなんてことはね。 今回の件からは僕も色々と学びましたし、あなたがまたSOS団をやめるなんて言いだしては 困ります。それに『機関』にはもう個人的意見を提出済みですから。あなたが涼宮さんと 同じウィルスに感染した理由についてはね」 何が「学んだ」だ、この野郎。いっそお前にもうつしてやろ……うぐぐ。今度の勝負は 絶対昼メシかけてやるからな! 特大の向日葵のような笑みを浮かべた朝比奈さんは、ハルヒが先に復帰して感激が 薄れたせいか、前もって結果を「知って」いたせいか、前回のように派手に抱きついては くれなかった。理不尽な話だ。それだけが……ウッ……それだけが楽しみだったのに! もし朝比奈さん(大)からの情報漏洩のせいだとしたら、俺は断固!「当社比3割増」の 胸による補償を要求したい。 「キョンくん、ホントに、お疲れさまでした。面会謝絶って言うから、みんな心配してたん ですよ。それからこれ、わたしからのプレゼント。キョンくんの全快祝いです」 そう言いながら天使が差し出したのは見慣れた黄色い物体だ。朝比奈さん、 なぜあなたまで! それとも今年はキリン年なのか? 「ごめんなさい、変なもので。ホントはこれ、涼宮さんの全快祝いだったんだけど、 涼宮さん、もう持ってるって言うから。でも妹さんはきっと喜びますよ。だってこのキリン、 キョンくんにそ」 「ほんと、バッカみたい。みくるちゃんがくれるなら、買うんじゃなかったわよ」 いきなり現れて天使を羽交い絞めにしたのはもちろん我らが神、正確には厄病神だ。 「キョンのやつ、有希には買ったのに、かわいい団員のため粉骨砕身したあたしには ねぎらいひとつないんだから。エコヒイキもいいとこよね」 まだ風邪が完全に抜けていないのか、腕組みした顔がかすかに上気している。 「言っとくがあれはお前のキリンじゃない。俺のだ」 「はあ? 何言ってんの、あたしが買ったんじゃない!」 「そういうセリフは金を返してから言え。おまえが食費とタクシー代と言ってよこした 団の財布、70円しか入ってなかったぞ。ヤケ食いした上にパフェまで頼んだのは誰だ? それが妙な『フランスパン』見逃してやった仏様に言うことか。さあ返せ!すぐ返せ! 俺はキリンと寝るのが好きなんだ!」 「べーっ!」 妙に嬉しそうな顔で敵が逃走したのを見届けると、俺はハルヒの閉鎖空間に絞め 殺されかけたばかりの眼鏡少女に歩み寄った。 「世話をかけたな、長門。おまえのキリンのおかげで助かったよ……と、あれはハルヒのか」 「あれは私のキリン。私が情報制御空間内に構築した。尻尾と全長の比率も正確。彼女が 言ったことは正しくない」 勘弁してくれ、長門よ。どうしておまえまでそんなことにこだわる? まったく、 どいつもこいつもどうかしてるぞ! その後、俺が正式に退団宣言を撤回したこともあって、SOS団にはまたいつもの支離 滅裂で行き当たりばったりで意味不明な日常がもどってきた。唯一変わったことといえば、 SOS団の女子メンバー+αが以来あの素っ頓狂な抱き枕と共に夜を過ごすようになった ことぐらいか。俺は良識あふれる人間だから、もちろん藁人形も丑の刻参りも信じない。 けれどもあれからどうも寝苦しい夜が続いているのは、朝比奈さんの胸にのぼせたからか、 長門のふとももにはさまれたからか、妹のよだれのせいか。それともやはり、あの細い 割に怪力の誰かに毎晩首を絞められてるせいか、と思うことがないでもない。 END